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第十三章 ああ無残 一(2)
日期:2023-12-28 14:00  点击:285

 うえから応援の刑事の声がきこえる。

「おやじさん、足を踏みはずして落ちたらしい。君はそこにいろ。おれはちょっといって

みる」

 だが、つぎの瞬間、江藤刑事はギョッとして暗闇のなかで息をのんだ。

 ないのである。鉄梯子の横の段が。いくら足で探ってみても、その足は宙を踏むばかり

である。懐中電灯でさぐってみて、江藤刑事は鉄梯子がすぐ足下から消失していることに

気がついた。

「たいへんだ。鉄梯子が折れている」

 それから足下の暗闇にむかって、

「おやじさん、おやじさん。大丈夫ですかあ」

 二、三度大声で呼んでいるうちに、やっと暗闇の底から反応があった。かすかな呻うめ

き声と、モゾモゾと闇のなかに身動きをする気配がきこえてきた。

「おやじさん、大丈夫ですかあ。こっちは江藤です」

「うむ、うむ、おれは大丈夫……」

 だが、そういう声は日ごろの井川刑事らしくなく、闇のなかでうつろにひびいた。

「おやじさん、鉄梯子が折れたんです。それであんたもろに転落したんだ」

「そ、それはわかってる。おれ長いこと気を失ってたふうか」

「なあに、ちょっとのまです。でもすぐに返事がなかったんで、こっちは胆を冷やしまし

たぜ。どっかけがをしましたかあ」

「ああ、うむ、なあに、大したことじゃねえ。それよりおまえたち大丈夫かあ」

「ぼく……いや、われわれは大丈夫です。おやじさん、われわれはどうしたらいいんです

かあ」

「ちょっと待て待て」

 暗闇の底で身動きをする気配がし、マッチをする閃せん光こうがまたたいた。二、三本

マッチがすられたのちに、

「ちっ、懐中電灯がいかれちまやあがった。江藤、おまえそこにいるかあ」

「ええ、ぼくはここにいます。なにか……?」

 江藤刑事は懐中電灯の光を真下にむけた。井川刑事が暗闇の底にうずくまっているのが

かすかに見える。

「だれかうえへ引き返して、お糸ばあさんにロープを借りてきてくれ。できるだけ頑丈な

やつをな。裏の倉庫へいきゃロープはいくらでもある。それから懐中電灯をひとつもらっ

てきてくれ。こっちのは木っ葉みじんになっちまやあがった」

「おっと承知。久保田君、いってくれるウ?」

 久保田というのが応援の刑事らしい。

「ああ、いいです。だけどロープはどのくらい?」

「さあて、三丈もありゃいいだろう。そうはいらねえが、大は小をかねるというからな。

ああ、それから久保ちゃん」

「はあ……?」

「このことだれにもいうな、お糸さんにも。ちょっと地下の抜け穴でロープが必要になっ

たんだといっとけ。おれちょっと腑に落ちねえことがある」

「腑に落ちないことというと……?」

「まあ、いい。久保ちゃん、早くいって来い。あんまり人騒がせすんな」

 井川刑事もだいぶん元気回復したようである。

 そうとう待たせたのちに久保田刑事が、ロープと懐中電灯をたずさえて引っ返してき

た。

「ようし、それじゃ、江藤、ロープのさきに懐中電灯をぶらさげて降ろしてくれ。懐中電

灯はつけっぱなしにしておく。うむ、よしよし。久保ちゃん、ばばあ、いろいろ聞いてた

ろう」

「ええ、もう、しつこいたらありゃしない。ロープをどうするんだの、懐中電灯をどうし

たんだのと、食いさがって離れないんで」

「あのばばあ、自分はしらばっくれてるくせに、好奇心はひと一倍強いんだ。あのばばあ

狐ぎつねめ、なにかしっていながら隠してやアがるんだ。いまに尻しっ尾ぽをおさえてや

る」

 こういう悪たれ口が出るところをみると、井川刑事ももう大丈夫である。刑事はロープ

のさきから懐中電灯をとりほぐすと、

「ようし、それじゃそっちのはしを、鉄梯子の桟に結びつけろ。だが、よく気をつけろ。

鉄梯子に鑢やすりの目がはいってねえか、よおく確かめてからにしろ」

「お、おやじさん、だれか鉄梯子に鑢をいれたやつがあるんですかあ」

 江藤刑事は息をのむような声である。


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