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第十三章 ああ無残 一(3)
日期:2023-12-28 14:00  点击:299

「まだよくわからん。それをこれから調べてみるんだ。マッチだけではどうにもならん。

ロープを結えつけたか」

「いま……」

「早くしろ。ロープを結えつけたらな、懐中電灯をポケットへしまう。こうなったら懐中

電灯だけがたよりだかんな。それから両手でロープにすがっておりて来い。なあに、大丈

夫だ。どうせこういうせまい縦穴だ。両脚を壁にふんばりゃ掌てのひらをすりむくことも

あるまいよ。おれが下から懐中電灯を照らしてやるから、それを目標に降りて来い。久保

ちゃん、おまえもわかったろうな」

「はい、ぼくは大丈夫です」

 応援の久保田刑事は年齢もわかく威勢がいい。

 やがてふたりの刑事が縦穴の底へおり立つのを待って、井川刑事は鉄梯子の縦の棒のは

しを懐中電灯で調べはじめた。

「それみろ、やっぱり鑢の目がはいってらあ。しかし、待てよ」

「おやじさん、どうかしたのかい」

「いや、ここから折れただけじゃ鉄梯子はまだそうとう長い。こんなせまい縦穴だから

どっちかの壁にぶつかって、斜めにゃなるが真下へ落っこちるはずがねえ」

 井川刑事はそこいらを懐中電灯でさがしていたが、

「そおら見ろ。そこにちょん切られた梯子がおいてあらあ」

 その地下道の側壁に切りとられた鉄梯子がよこたわっている。それは長さ一丈五尺くら

いあり、あきらかに鑢でこすり切られたものである。

「おやじさん、こ、これどういう」

「なんだ、江藤、まだわからねえのか。おれといっしょに落っこちて来たのは、ほら、

こっちのほうの鉄梯子だ」

 ふたりの刑事が降りてきたとき、井川老刑事が調べていたのは、長さ八尺ばかりの鉄梯

子である。

「おやじさん、それじゃこの鉄梯子、二重にこすり切られているんですか」

 江藤刑事の声はふるえている。若くて威勢のいい久保田刑事も顔面筋肉が硬直してい

た。

「だからさっきいったろう。うえのほうでこすり切っただけじゃ、梯子はななめになるだ

けだ。だからまず下のほうを切りとっておいて、それからうえのほうへ鑢をいれやあがっ

たんだ。あるいは手順は逆だったかもしれねえがな。だからわれわれがこの縦穴へもぐり

こんだとき、梯子の下のほうはもうすでになかったんだ。そんなことはしらねえもんだか

ら、おれはこの短い鉄梯子までおりてきた。おれの全身の体重がかかったとたん、鑢の目

がものをいって、おれは梯子ごと下へ落っこちたんだ」

「しかし、だれがこんな悪戯いたずらを……悪くすると命がなくなるところじゃありませ

んか」

「まさか。それほどの高さじゃねえからな。だけど悪くすると大けがはまぬがれねえとこ

ろだったな。おれは最後まで鉄梯子をはなさなかったからよかったんだ。ほおら、みろ」

 井川刑事は自分といっしょに落下してきた、鉄梯子をななめに立ててみせた。まえにも

いったようにいま三人が立っているところから、抜け穴の地下道がひらいているのであ

る。鉄梯子は縦穴と地下道の天井と接触する、すれすれのところで斜めに支えられたとみ

え、そこに鋭いきずがついていた。

「これでおれは助かったんだが、途中どっかでいやというほど背中をぶっつけたとみえ、

しばらく呼吸ができなかったんだ。ショックでアタマのほうもしぼらくボーッとしてたか

な」

 老刑事の懐中電灯の光のなかに、レンズのこわれた懐中電灯がころがっている。

「しかし、だれがこんな……?」

「なあに、この迷路荘にはチミモウリョウがウジャウジャするほどいるんだ。そいつが複

数か単数かまだわからねえけどな。だからみんな気をつけなきゃいけねえぜ」

「しかし、いつやったんです、こんなことを。おやじさんはゆうべもこの鉄梯子を降りて

きたんでしょう」

「だから、それからあとのことだな。おそらくゆうべからけさまでのあいだに、だれかが

こんな細工をしやアがったんだ。ゆうべこの鉄梯子を降りたのは主任と金田一先生、小山

とおれの四人だ。主任や金田一先生は体重もおれとチョボチョボだが、小山は牡牛のよう

なからだをしていて、体重もうんと重い。それでもなんともなかったんだから、そのあと

だれかがこの抜け穴へもぐりこんできて……おそらくゆうべの真夜中のことだろう

が……」

 語っているうちに井川刑事はあらためて、ことの恐ろしさに気がついたかのごとく、お

もわず激しく身ぶるいをした。暗闇はひとを臆病にするものだが、三本の懐中電灯の光芒

の外は、窒息しそうな闇のひろがりである。ほかのふたりも井川刑事の戦せん慄りつに感

染したのか、蒼そう白はくに硬直した顔を見合わせながら、闇のなかでふるえあがった。


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07/06 07:13