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第十三章 ああ無残 二(3)
日期:2023-12-28 14:04  点击:301

 譲治のあとから金田一耕助、田原警部補、応援のふたりの刑事の背後から、柳町善衛が

はい出してくるまでにはだいぶん時間がかかった。みんな衣服はいうまでもなく、顔も手

足も泥だらけになっているが、だれも笑うものはなかった。

「やあ、久保田君、ご苦労。江藤君、井川のおやじさんは……」

「おやじさんはあとから来ます。詳しい報告はあとでおやじさんがするでしょう」

「江藤さん、譲治はどうしました」

 金田一耕助がたずねた。

「あの混血児ならむこうへ駆け出しましたよ。さっき悲鳴をあげていった女のあとを追っ

かけていったんです」

「主任さん、いってみましょう」

 金田一耕助が田原警部補をうながしていきかけるのを、

「ああ、ちょっと……」

 と、呼びとめたのは応援の久保田刑事だ。

「ここに死体……としか思えないんですが、人間のからだを引きずっていったんじゃない

かと思われる跡がついてるんです」

「死体を……?」

「ほら、ここに二本の筋がついてるでしょう。これ二本の脚の跡じゃないかと、井川先輩

や江藤さんなんかもいってるんですが……」

 一同は身をかがめて、久保田刑事の懐中電灯の光芒のさきに眼をやった。このへんはま

た煉瓦がはがれてじめじめしているのだが、ふた筋の痕は泥に食いこむようにくっきり

と、カーブのむこうまでつづいている。二本の筋のあいだを大きなドタ靴の跡らしきもの

が交錯していた。ドタ靴の跡がふかく泥に食いこんでいるところをみると、なにか重いも

のを持っていたか、引きずっていたにちがいない。

「この跡、どのへんからついていたんだ」

「ずうっとむこうからですよ。われわれは途中から気がついたんです。久保田が見つけた

んですね」

「よし、いってみよう」

 一同はもみあうようにして暗いカーブへ突進した。二本の筋と大きなゴム長の跡とは、

この地下道の乾きぐあいによって、濃くなったり薄くなったりしているが、どこまでもつ

づいているようである。

 しばらくいくとむこうのほうから、男の怒号がきこえてきた。タマ子……タマッペと叫

んでいる声は譲治のものらしい。

「混血児だ。あいつがなにか見つけたらしい」

 一同はまた足を急がせた。タマ子の名を呼ぶ譲治の声はまだつづいている。その声の悲

痛なひびきに気がついたとき、金田一耕助は肉体的にはげしい痛みをかんじずにはいられ

なかった。

 譲治はゆうべ井川刑事が転落していったあの鼠の陥穽のなかに突っ立っていた。そばに

おいた懐中電灯の光でみると、なにかを抱いているようである。一同が駆けつけたとき、

おびただしい鼠がその陥穽の周囲を逃げまどうていた。

「金田一先生!」

 譲治は怒りに狂ったような眼をむけて、

「ひと足ちがいだったんです。だれかがこの紐でタマ子を絞め殺していきゃアがったん

だ。タマッペ、しっかりしろい、しっかりしろよう」

 投げわたされた紐様のものを、懐中電灯の光のなかでみて、金田一耕助はギョッと息を

のんだ。急いでそれをしごいてみて、

「田原さん、これ! このバンドに見憶えはありませんか」

「バンド……?」

 田原警部補もそれを手にとってみて、ハッとしたように顔色を動かした。


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07/06 06:36