日语学习网
第十四章  密室を開く 一(1)
日期:2023-12-29 16:11  点击:252

第十四章  密室を開く

    一

 迷路荘にはいま妖よう雲うんが深く、暗くたれこめている。

 この事件はそのへん一帯のみならず、日本全国を震しん撼かんさせたのだけれど、その

中心にある迷路荘にはいま重っ苦しい空気がたれこめて、だれもかるがるしく口をきくも

のはなかった。捜査係官や新聞記者たちの出入りはますます激しくなっているが、だれも

大声を出すものはなく、たまにだれかがわめき立てでもしようものなら、周囲からよって

たかって非難の視線を浴びせられて、あわてて口をつぐみ、ひそひそ声になるのであっ

た。

 だれもかれもが言わず語らずのうちにしっているのだ。事件はこれで終わったのではな

いということを。まだまだ血なまぐさい事件が起こるのではないかということを。

 警察の自動車で森本医師が看護婦をつれて駆けつけてきたのは、午後四時を過ぎたころ

である。みちみち迎えにきた江藤刑事からだいたいの事情をきいたとみえ、さすがにその

顔は緊張しており、口は堅くむすばれていた。看護婦は三十をとっくの昔にすぎた年ごろ

で、お世辞にも美人とはいいかねるが、それだけにがっちりとした体格がたのもしそうに

みえた。

 ふたりは奥村秘書の案内で陽子の部屋へとおされた。陽子の部屋は建物の左翼をしめて

いる洋館の階下のほうで、そこに四つ並んでいる部屋のいちばん奥になっている。ついで

にいっておくが、フロントからとっつきの部屋が奥村秘書で、そのつぎが柳町善衛。した

がって善衛と陽子の部屋のあいだは空き部屋になっていた。

 いっぽう死亡した古館辰人と天坊邦武の部屋だけが二階になっているのは、辰人と善衛

とのあいだに、トラブルが起こらないようにという、倭文子やお糸さんの配慮によるもの

であろう。

 陽子はまだ意識不明のままベッドのうえに横たわっている。ベッドの枕下には慎吾と倭

文子がひかえていた。慎吾のおもてには沈痛の色がふかかったが、いっぽうどこか虚脱し

たようにもみられた。戦後ヤミからたたきあげたこの強したたか者ものの脳のう裡りに、

いまなにが去来しているのか、外部からうかがいしる由もない。能面のような倭文子もさ

すがにいまは怯おびえの色のみふかくて、ときどき思い出したように戦慄が、波状的に彼

女の全身をつらぬいて走った。ふたりとも世にも凄せい惨さんなタマ子の死体を見せられ

たばかりである。

 この部屋に田原警部補がいるのはお役目がらとしても、金田一耕助がひかえているのは

慎吾の要請によるところである。

 田原警部補は町から取りよせたとみえ、小ザッパリとした平服に着更えているが、金田

一耕助はひどく珍妙なかっこうをしている。さすがにかれも下着類は着更えをもってきて

いたらしいが、着物や袴はかまの用意まではいきとどかなかった。その一張羅の着物や袴

はさっきモグラの穴を抜けるとき、泥まみれになってしまったので、いまかれの身につけ

ている浴衣ゆかたや褞袍どてらは、お糸さんの好意によるとしても、はいている袴のひど

く立派で上等なのは慎吾から借りたものらしい。

 慎吾は身長五尺七寸、体重二十貫をこえるのに反して、金田一耕助は五尺四寸あるかな

し、体重も十四貫をわるであろう。どうたくしあげたところでダブダブたるはまぬがれな

いが、この男、下半身に袴なるものをはいていないと、からだが締まらないらしい。さす

がに足袋のはきかえは持参していたようである。

 医師と看護婦を案内してきて、そのまま部屋のすみにひかえている奥村弘の顔色には懊

おう悩のうの色が濃かった。

 かれの語るところによると、陽子はけさ天坊さんが浴槽で溺死しており、あまつさえタ

マ子のいどころがわからないと聞いて以来、ひどく考えこんでいたそうである。彼女はな

にか思い惑い、かつなにかにおびえているふうであったという。奥村が話しかけてもろく

ろく返事をしないばかりか、

「黙っててちょうだい。静かにしててちょうだい。あたしいま考えごとをしてるんだか

ら」

 それから陽子はきつい顔をしてこうもいったという。


分享到:

顶部
07/06 06:32