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第十四章  密室を開く 一(3)
日期:2023-12-29 16:15  点击:272

「その意味はこちらで考えてみましょう。陽子さんはなんといったの」

「パパが……パパが……と、ただそれだけいって、気を失ってしまったんです」

「パパ……? 陽子さんがパパというのは篠崎さんのことだね」

 田原警部補が切り込んだ。

「そうとしか考えられません。だからぼくにはわけがわからないんです」

「そうするとあなたには陽子さんを襲撃したのは、篠崎さんだというふうに聞こえたんで

すね」

「はあ、だけどそんなばかなことがあるはずがないんです。社長は陽子さんを目のなかへ

入れても痛くないほど可愛がっているんです。その可愛いお嬢さんにあんな手ひどいこと

を……」

「しかし、ひと違いということもある」

「田原さん、あなたのおっしゃる意味は……? 陽子さんがだれかほかの人物を、篠崎さ

んだと勘違いしたとでも……」

「いや、わたしのいうのはその反対です。篠崎氏がほかの人物……あるいはほかの女性と

勘違いした……なにしろあの地下道の暗闇ですからね」

 いまこの名琅荘で陽子とひと違いをされるような女性といえば倭文子しかない。それに

思いいたったとき、奥村秘書は蒼白になり、唇をかんでたじろいだ。

 金田一耕助はモジャモジャ頭をかきまわしながら、虚こ空くうをにらんでぼんやり考え

こんでいたが、

「いや、その問題についてはゆっくり考えてみようじゃありませんか。いまにお医者さん

がくるでしょうが、そのまえにわれわれが鬼の洞窟や地下の抜け穴にもぐり込んでいたあ

いだ、あのご夫婦がどこでなにをしていたか、調べてごらんになったら」

 慎吾と倭文子はべつべつにおなじような質問をうけた。それに対して慎吾は自分の部屋

にいたといい、あるいは前庭をそぞろ歩きしていたとも答えた。打ちつづく凶事に自分も

動揺しており落ち着かなかったのだと付け加えた。倭文子は倭文子で日本座敷に閉じこ

もっていて、一歩も外へ出なかったと答えた。彼女もまたあまり恐ろしいことがつづくの

で、居ても立ってもいられないような気持ちで、フランス刺し繡しゆうを取りあげたが、

いっこう手につかなかったと付け加えた。

 その時分ふたりはもう陽子の奇禍をしっており、あのむごたらしいタマ子の死体も見せ

られたあとだったので、ふたりともすっかり意気消沈しており、答える言葉も機械的で、

なぜそんなことをきかれるのかと反問さえもしなかった。

 しかし、ふたりの言葉の裏付けはなにもなかった。自分の部屋にいる慎吾や、迷路のよ

うな前庭を、そぞろ歩きしているかれを見たものはひとりもいなかった。また日本座敷に

閉じこもっている倭文子を目撃したという証人もいなかった。

 もしかりに田原警部補の推理が当たっているとすると、慎吾と倭文子のどちらかが、あ

るいはふたりがふたりとも噓をついているのかもしれなかった。

 そういう状態のもとに森本医師がついたのだから、陽子の寝室に重っ苦しい空気がたれ

こめているのもむりはなかったし、奥村秘書が悔恨と懊悩に自分を責めて、責めて、責め

ぬいているのも当然であったろう。

「で……?」

 森本医師の診察のおわるのを待って、慎吾がささやくような声でたずねた。さすがに憂

色はふかかった。

「頭蓋骨折を起こしていらっしゃるかどうか、これはレントゲンで調べてみなければ、正

確なことは申し上げられませんが、こう見たところその心配はなさそうですね。しかし、

そうとうひどい打撃は打撃だったらしく、脳のう震しん盪とうを起こしていらっしゃるん

ですね」

「先生、入院なすったほうがよろしいんじゃございません」

 倭文子が気づかわしそうに口を出した。


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07/06 07:30