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第十四章  密室を開く 一(4)
日期:2023-12-29 16:15  点击:274

「それはいけません。いまのところできるだけ安静に。動かすことは禁物です。自宅でも

治療はできるように準備はしてきました」

 それから警部補のほうへむきなおって、

「田原君、患者は多量に出血していたふうかね。江藤君の話によると、そのほうは大した

ことはなさそうだということだったが……」

「はあ、現場と思われる付近を綿密に捜査してみたんですが、血痕らしきものはどこにも

見当たらないんです。ただ患者の衣服を染めているていどでした」

「そう、それほど貧血はしておられんようですな。とにかくリンゲルをやっときましょ

う。深尾君、準備を」

 深尾看護婦が準備をととのえているあいだに、森本医師はつぎのように説明した。

 陽子はひと一倍髪が多くて長かった。彼女はそれを三つ組みにして後頭部に束ねている

が、それが打撃のショックをいくらかでも緩和したのであろうと。

「しかし、先生、重態なんでしょうな」

「それはもちろん。しかし、江藤君に聞いたところによると、患者は日ごろいたってご壮

健だったそうですね。神経のほうも女性としては強かったとか」

「それは江藤さんのいうとおりです」

「そこに希望がもてると思うんですがね」

「先生、意識を回復するのはいつごろ……?」

「田原君、そこまではぼくにも保証できない。それは患者の健康しだい、つまり患者の

もっている抵抗力しだいだろうね」

 あるいはこのまま意識を回復しないかもしれないとは、医師としても口に出しかねた。

 やがてイルリガートルの準備がされ、リンゲルの点滴の操作が開始されると、森本医師

はしばらくようすを見守っていたが、やがて警部補をふりかえって、

「田原君、もうひとりぼくの見なければならぬ患者があったんじゃないかな」

「先生、こちらのほうは大丈夫ですか」

「大丈夫、深尾君にまかせとけばいい。このひとは看護婦としてはベテランだからね。ご

両親もご心配でしょうけれど、お引きとりになったほうがいいですよ。安静であることが

ひとつの勝負ですからね。もちろんときどきわたしが見回ってきます」

 陽子のそばに看護婦と奥村秘書をのこして、一同が寝室を出るとそこは居間である。こ

の部屋は天坊さんの部屋にくらべると、少し規模は小さいけれど、だいたいおなじ間取り

になっていて、寝室の奥にバス、トイレ、寝室の外が居間になっている。

 金田一耕助はいちばんさいごに寝室を出たが、そのまえにかれはバスとトイレのドアを

開いて、そこにだれもかくれているもののないことを、確かめることを忘れなかった。居

間にはお糸さんとお杉さんがひかえていたが、ふたりとも凍りついたような顔をして黙り

込んでいた。

 結局、深尾看護婦にお手伝いさんが必要な場合にそなえて、お杉さんひとりをそこに残

して一同は廊下へ出た。廊下へ出ると慎吾はだれにともなく黙礼して、自分の部屋のほう

へ立ち去った。倭文子はしばらくそのうしろ姿を見送っていたが、これまた一同に黙礼を

すると慎吾のあとを追っていった。

 それを見送るお糸さんの眼に、奇妙なかぎろいが浮かんでいたが、金田一耕助の視線に

気がつくと、あわてて顔をそむけて、

「では、こちらへ……」

「こりゃまた広いうちですな。これじゃ迷路荘といわれるのもむりはない」

「わたしなんぞきのうから、なんど家中を調べてまわったかわからないんですが、それで

もいまだに方角さえわからない」

 森本医師に相あい槌づちを打っておいて、田原警部補は金田一耕助のほうをふりかえっ

た。


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07/06 06:25