田原警部補はその麓ふもとにある、モグラの穴に眼をやりながら、思い出したように、
「金田一先生、さっきおたずねしたことですが、あのダリヤの間の抜け穴から鼠の陥穽ま
で、タマ子の死体を引きずっていった怪人ですがね。そいつどこから地下道へ潜りこんだ
のか、ひょっとするとこのモグラの穴ではなかったでしょうか」
「そのことですがねえ、田原さん」
金田一耕助は悩ましそうな眼をして、
「あの仁天堂の羽目板をぶち割った薪まき割わりには、陽子さんの指紋がついていたんで
すね」
「はあ、それがなにか……?」
「そうすると陽子さんはみずから薪割りをふるって、地下道へ潜入したということになり
ますが、それはなぜ……」
「金田一先生、あれはタマ子を捜しにいったんじゃないんですか」
この老刑事も金田一耕助の、こういう口のききかたに慣れてきたとみえて、ひどく神妙
になっている。
「いや、それならばあなたがたに任せておいてもよいはずです。よしんば自分も捜査当局
とはべつに、タマ子を捜そうと思ったのなら、奥村君を誘ったでしょう。ところが奥村君
の眼をかすめて、女だてらに薪割りをふるってまで、あの地下道へ潜入したとすると、奥
村君にしられたくないなんらかの秘密を、探りにいったんじゃないでしょうか」
「と、おっしゃると……?」
「わたしはまえにも申し上げたと思いますが、この名琅荘を建てた種人閣下の時代では、
寝所としてはおもに日本家屋が使われていたのではないでしょうか。しかも柳町さんも
いってましたね。あのひとのお姉さんの加奈子さんが、よくいってたそうじゃありません
か。自分はこのうちが気味が悪くてしかたがない。どこにいてもだれかに監視されている
ような気がしてならないと。と、いうことは日本座敷のほうにも抜け穴の入り口があり、
そこから嫉しつ妬とに狂った一人伯が、妻を監視していたのではないでしょうか」
「金田一先生!」
田原警部補と井川刑事がほとんど同時に口走った。ふたりともひどく興奮しているらし
いのだが、金田一耕助にはふたりの興奮の意味がまだよくわかっていなかった。
「陽子さんはそれに気がつくか、なにか思い当たるところがあったんじゃないでしょう
か。しかし、建物の内部から調べるわけにはいかなかった。そこにいまだれが起居してい
るかしってましたからね。そこで外部からたしかめてみようとしたんじゃないでしょう
か。そこを犯人に襲われたが、犯人は陽子さんを追跡するわけにはいかなかった。なぜな
らばおりあだかもわれわれが、潜入してることをしってましたからね。それが陽子さんを
救ったんですが、こうして命からがら仁天堂から脱出して、奥村君に会って昏こん倒とう
するまえ、あのひとがパパが……パパが……と、いったのは、パパがやったという意味で
はなく、パパが危ないという意味じゃなかったのでしょうか」
そこで金田一耕助もはじめて気がついたらしく、凍りついたように立ちすくんでいる、
ふたりの顔に懐中電灯の光をむけると、
「田原さん、井川さん、ど、どうかなすったんですか」
「金田一先生、すみませんでした。そうだ、先生はご存じなかったんだ」
「知らなかったとはなにを?」
「そうだ、あのとき先生はいらっしゃらなかった。さっき陽子さんの部屋に詰めていると
き、東京の小山君から電話がかかってきたので、わたしはフロントへいきました。小山君
のあとから風間氏が出られて先生になにかお話があるという。わたしの取り次ぎをきいて
先生は入れちがいに部屋を出ていかれたが、その直後に篠崎さん夫婦が入ってこられたん
です」
金田一耕助もハッとしたように、
「はあ、はあ、それで……?」
「森本先生から陽子さんが危機を脱したということをきいて、安心して出ていかれたんで
すが、そのとき篠崎さんのおっしゃるのに、今夜は家内といっしょに日本座敷のほうで寝
ることになったからと……」
「しまった!」
金田一耕助が袴の裾をみだしてとびあがるのを見て、
「だって、せ、せ、先生、まさか今夜……まさか今夜……」
井川刑事が歯をガチガチ鳴らしているのは、タマ子の死体を思い出したからなのだ。あ
れこそは残忍無類のこの事件の犯人の性情の、このうえもなき表白ではないか。この犯人
ならなにをやらかすかしれたものではない!