むろん盗み撮りされたものにちがいないが、それを撮影したのが天坊さんだと思うと、
そういう写真を撮られたふたりもふたりだが、天坊さんのそういう浅ましい行為にたいし
て、心が寒くならざるをえなかった。
「これで見ると、井川さんの推理は正しかったようですね」
「はあ、しかし、われわれはそれを逆に考えようとしていたんですね。だからこそ篠崎さ
んが……と。先生というかたがいらっしゃらなければ、たいへんな過ちを犯すところでし
た」
田原警部補はふかぶかと頭をたれた。
地下道の大崩壊はいちおうおさまったかにみえたが、小さな落磐は明方までつづいた。
その後倭文子と柳町善衛の姿がみえないので、地下の落磐の底に埋まっているのではない
かと憂慮されたが、落磐がその後もつづいているので手のつけようがなかった。
慎吾の手術はうまくいった。弾丸が急所をはずれていたので、その後の経過は思ったよ
り良好だった。正午ごろかんたんな訊きき取りならばという許可が医師からおりたので、
金田一耕助が田原警部補とともに寝室へはいっていくと、慎吾は寝床のうえに仰臥したま
ま眼をつむっていた。あたりにはだれもいなかった。
ふたりは左右から枕下にすりよると、
「金田一先生、あなたからどうぞ」
田原警部補はばんじ金田一耕助に下駄をあずけるつもりらしいが、それを聞くと慎吾は
駄々っ児のように首をふって、
「そいつはまずい。警部補君、そいつはまずいよ」
「まずいとおっしゃると……?」
「おれこの先生にゃヨワいんだ。この先生なにもかもお見通しだからな。噓をつくわけ
にゃいけねえ」
「あっはっは、恐れ入ります。そこがこの主任さんのつけめなんでしょう。さあ、泥を吐
いてください。昨夜のことだけでいいんです。あとはもうだいたいわかっています。証拠
もあがっているんです」
証拠があがっているといったのはハッタリではない。
あの鎌倉彫りのお盆を精密検査したところ、からみ合った二匹の竜のひとつの眼に、小
さな穴が発見されたのみならず、その穴のおくから折れた針の先端が掘り出された。犯人
は鍵がお盆のうえにもどるまでのあいだに、針が抜けることをおそれて強く突っ立てすぎ
たのである。そして、最後に強く糸をひいたとき、針の先端が折れてお盆のなかにのこっ
たのだが、それがあまりにも微細な折れめだったので、犯人も気がつかなかったらしく、
彼女の持ち物を調べたところ、先端の折れたフランス刺し繡しゆうの針が発見された。彼
女がいちどでもその針を使っていたら、そのことに気がついたであろうが、そのひまがな
かったのはやむをえまい。その針とお盆のなかから摘出された先端は一致した。
「金田一先生、たったひとことお聞きしたい。天坊さんやタマ子を殺したのは……?」
「やっぱりあのひとだったのです。いま証拠があがっているといったのもそのことなので
す。古館さん殺しについてはまたあとでゆっくり話してあげましょう。で、昨夜のこと
は……?」
「ゆうべわたしは泥酔していた。よく眠りこけていたんだ」
慎吾はうつろの眼を天井にむけたまま、淡々として語りはじめた。まるで暗誦するよう
な語りくちである。
「だから何時ごろだったかと聞かれてもわたしには返事ができない。とつぜん倭文子の悲
鳴に眼をさましたら、この部屋にはあかあかと電気がついており、倭文子の姿は見えな
かった。ふと見ると床脇の地袋の襖ふすまがひらいており、わたしははじめてそこに抜け
穴があることをしったのです。おやと思ってそのほうへむかって起きなおったとき、ズド
ンと一発ここへくらいました」
と、腹にまいた包帯を指さし、
「わたしはとっさに掛け蒲ぶ団とんをひっかぶって、畳のうえへころがり出たんだが、そ
のとき二発目が左の肩をかすめたのです」
あとで壁の背後へまわって、お能の面の左の眼を調べたところ、慎吾が畳の外へころが
り出ると、ピストルの射程から死角に入ることになっていた。とっさの間にそれだけの機
転がきいたということは、慎吾にはなんらかの襲撃があることが予想され、あらかじめ覚
悟ができていたのではないか。しかし、いまそれを聞いてもこの男は口を割るまい。