「そうです、そうです。敵を欺かんと欲すればまず味方よりって、おやじさんまでだまさ
れてたんです」
「つまりそれを篠崎さんからの電話だということにして、きょうの夕方真野信也なる人物
が、自分の名刺をもってそちらへいくから、ばんじよろしくってことにしたんだね」
田原警部補も笑いをかみ殺している。
「そうです、そうです。あの御隠居さん、すっごおくアタマがいいもんだから、みんな
ひっかかったんです」
「それであの名刺もばばあが書いたのかい」
「もちろんそうです。おやじさんの名刺ならいくらでもあります。それにおやじさん特別
肉太の万年筆使うでしょ。だからまねがしやすかったんです」
「その名刺をもって坊やがあっぱれ、真野信也なる片腕紳士になりすまし、ここへやって
きてタマッペをだましたというわけか」
「そういうこってすね」
「ばばあ、なかなかやるじゃないか」
「だからいったでしょ。御隠居さんすごくアタマがいいって」
「そうすると、譲治君、こちらにこういう騒ぎが持ち上がってる時分、山岡さんはもうア
メリカへ飛んでたわけか」
「そうです、そうです。だから山岡さんこちらにこんな騒ぎが持ち上がってるなんてこと
まだしらんでしょ。よしんば知ってても自分のかけた電話が原因だなんて気がつかんで
しょ。だって山岡さんのかけてきた電話、まじめな話だったんですからね」
ひとしきり快い哄こう笑しようの渦うずが一座を支配した。ペテンもこれくらいみごと
にひっかかると、かえって腹が立たぬものらしい。
金田一耕助も涙を拭きながら、
「わかったよ。譲治君、さすがのこのぼくもこればっかりはまんまとひっかかったと、御
隠居さんにいっといてくれたまえ。それじゃ君はもう退ってもいいよ。いずれここにいる
主任さんからブン屋諸公に発表がある。そうすれば君にもだれがなぜあの男を殺したかわ
かるだろうよ。さあ、君はもう退ってタマちゃんに線香でもあげておやり」
「金田一先生」
譲治は椅子から立ち上がると、直立不動の姿勢で、
「ありがとうございます」
ふかぶかと頭をさげて出ていったあと、井川刑事が待ちかねたように、
「金田一先生、あなたはいまだれがなぜあの男を殺したかとおっしゃったが、殺したのは
柳町善衛とわかっている。しかし、あの男がなぜ古館辰人を殺したかご存じですか」
「ああ、そう」
金田一耕助もその質問を待っていたかのごとく、袴の裾をさばいて立ち上がると、
「それじゃこれからあの倉庫へいって、犯行の現場を再演してみようじゃありませんか」