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第十六章  殺人リハーサル 二(1)_迷路荘の惨劇(迷路庄的惨剧)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3336

 時刻は八時半を過ぎていた。

 しかし、まえにもいったとおり倉庫には、五個の電球がぶらさがっているので、それを

全部点灯すると、これから金田一耕助が実演してみせようという、犯行の現場を再現する

のに十分な照明といえたろう。

 そこにいるのは金田一耕助のほかに田原警部補と井川、小山の両刑事。この事件に因縁

浅からざるひとびとである。金田一耕助がいったいなにを演じてみせるのかと、一同は期

待と緊張に固かた唾ずをのんでいる。

 金田一耕助はがらんとした倉庫のなかを見回したのち、

「ええと、それじゃ井川さん、あなた古館氏の役を演じてください」

「古館氏の役というと……?」

「左腕を縛る必要はありませんが、左腕は絶対に使えないものと思ってください」

「それで……?」

「それじゃ壁際の滑車をまわして、天井からぶらさがっているロープの端を床までおろし

てください」

 井川刑事がいわれたとおりにすると、ロープの先端がおりてきた。ロープの先端は輪に

なっている。

「じゃその先端をそこにある砂袋のところへ持っていって、その輪で砂袋の胴をしっかり

結わえつけるようにしてください。左腕を使っちゃいけませんよ」

 一同は砂袋ときいておもわず顔を見合わせたが、しかし、まだ金田一耕助の意図すると

ころはわかっていない。井川刑事はふしぎそうな顔をしながらも、金田一耕助にいわれた

とおりした。左腕を使わなくてもわりに造作なくやれた。

「では今度は滑車を逆に回転させて、砂袋をたかだかと吊るしあげてみてください」

 井川刑事がいわれたとおりに行うと、二十貫あるといわれる砂袋が、やすやすと天井高

く吊るしあげられていき、一同の唇からふかい驚きの声がほとばしった。

「井川さん、あの砂袋はあのままにしておいて、いちおうロープをその壁際の止め金でと

めておいてください」

 この老刑事にもどうやら金田一耕助のいわんとするところがわかってきたらしく、興奮

にふるえる指でロープをとめると、

「で……?」

 と、いどむような眼を金田一耕助のほうへむける。しかしそこにはもう以前のような敵

意はなく、むしろ相手を扇動しているようである。田原警部補と小山刑事も、天井からぶ

らさがった砂袋に眼をやりながら、緊張に顔面筋肉を硬直させている。

 金田一耕助は多少テレたように、モジャモジャ頭をかきまわしながら、

「みなさんはこの砂袋の重量と篠崎さんの体重が、ほぼおなじだということはご存じです

ね。つまり古館さんの考えでは、たとえ片腕しかない非力の男でも、滑車の原理を利用す

ると、篠崎さんのような大兵肥満の人物を、吊るし首にすることができるのであるぞ、あ

らかじめ仕込み杖の握りで殴打昏こん倒とうさせておけばという、いわばこれは片腕の

男、篠崎さんを殺害するという事件の予行演習……つまりリハーサルだったんですね」

 一同は天井高くぶらさがっている砂袋に眼をやり、さらにそれを篠崎慎吾のからだにお

きかえてみて、改めてある恐ろしい戦慄が、足下からはいあがってくるのを禁ずることが

できなかった。

「そうすると金田一先生、古館氏はこちらへくるまえから、金曜日の夕方、片腕の男がこ

ちらへ現れ、そして消えたということを、あらかじめしっていたんですね」

「主任さん、譲治の馬車で、わたしがこちらへ到着する直前、雑木林のなかを駆け抜けて

いく、片腕の男を目撃したということは、いままでたびたび申し上げてきましたね。とこ

ろがあれが古館氏だったとすると、いや、古館氏以外に考えられないのですが、そうする

と古館氏はなぜあの時刻に林のなかを彷ほう徨こうしていたのか、ひょっとするとこのわ

たし、金田一耕助に片腕の男の存在を印象づけておく必要があったのではないか。と、す

るとわたしがあの時刻に、こちらへ到着するということをしっていたことになります。と

ころがそれをしっていたのは篠崎さんご夫婦とお糸さんだけです。したがってそのなかの

だれかが古館さんに通報したのではないか。と、すると金曜日の夕方の片腕男の出現も通

報することができたはずです。げんに古館さんは片腕男のユニフォームを、あらかじめご

持参だったんですからね」

「そうすると、金田一先生、あのふたりは金曜日の夕方こちらへ現れて消えた、正体不明

の片腕の男を利用して篠崎さんを殺し、その罪を片腕の男に転嫁しようとしたんですね」

 井川刑事はいまや敬虔なる生徒のごときものである。


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