そこでふっと話題がとぎれて、味の濃い沈黙が四人のあいだに落ち込んできた。がらん
とした暖房のない倉庫のなかにいると、晩秋の夜の冷気が足下からはいのぼってくるよう
である。小山刑事はそこにぶらさがっている砂袋と、古館辰人が威風堂々と乗り込んでい
た馬車を見くらべていたが、やがてかすかに身ぶるいをすると、
「それにしても、金田一先生、あの連中はなんだって篠崎さんを殺害しようとしたんで
す。もちろん財産目当てでしょうが、なにもよりによってこんな場所でやらなくても、い
くらでもほかに機会があったでしょうが」
いかにもそれは理にかなった疑問だったが、それを聞くと金田一耕助、とつぜんガリガ
リバリバリ、雀の巣のようなモジャモジャ頭をひっかきまわしながら、
「そ、そ、それですよ、それですよ。こ、こ、この事件の興味のあるところは!」
かれの雀の巣ひっかきまわし運動があまり猛烈だったので、フケはとんで散乱し、その
どもりかたがあまり激越だったので、唾つばは飛沫しぶきとなって虹にじをえがいた。一
同はかつ驚き、かつあきれ、かつ辟へき易えきしながら、
「金田一先生、と、おっしゃるのは?」
「いや、こ、これは失礼」
と、やっと雀の巣ひっかき運動を停止し、唾をのみこみ、臍せい下か丹田に力をこめる
と、
「それにしても、小山さん、ゆうべあなたのあとから風間が電話に出たでしょう。あなた
風間の電話をきいていらっしゃらなかったんですか」
「はあ、わたしは座を外しました。なにか内密の話がおありのようでしたから」
「ああ、なるほど。道理で……いや、ゆうべ風間からかかってきた電話ですが、問題はそ
の内容なんです。小山さんやぼくの要請で、あの男はあの男なりに手をまわして、最近の
篠崎さんの動静を調査してくれたんですね。それによると篠崎さん、あちこちから金をか
き集めて、風間の調査線上にうかんだだけでも、千万円の現ナマを用意して、こちらへき
てるはずだというんです」
「あっ!」
三人の唇から期せずして、鋭いさけび声がほとばしった。
「篠崎さんはなんのためにそんな大金を……?」
「わたしもそれについて風間の意見をきいてみました。風間もいくらか躊ちゆう躇ちよし
ていましたが、これは耕ちゃん、すなわちわたしですね、耕ちゃんだから打ち明けるんだ
がと前置きして、こういうことをいってました。篠崎君、千万円というノシをつけて、あ
の女を古館氏に返上するつもりじゃないかと。そのとたん、篠崎さんがあのふたりに縁の
濃い天坊さんと柳町さんを、同時にここへご招待なすった意味が、わたしにもわかったよ
うな気がしたんです。きょうが昭和五年この家で、非業な最期をとげたひとたちの命日で
すね。その法要の席で篠崎さん、それを発表なさるつもりじゃなかったか、天坊さんや柳
町さんの面前で。ところがもしあのふたりがそれに勘づいたとしたら、ことを急がなけれ
ばならなかったでしょうねえ」
深いふかい沈黙がまた一同のあいだに落ちこんできた。三人の体をチリチリと戦慄がは
いのぼってくるのも、足下から忍びよる晩秋の夜の冷気のせいばかりではないであろう。
「なアるほどねえ」
小山刑事はため息をつくように、
「わたしなどが考えると、千万円もらってほれた同士がもとの鞘さやにおさまれたら、こ
んなうまい話はなさそうに思いますがねえ」
「ばかアいえ!」
言下に井川刑事の大雷が落下した。