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大団円 一(2)_迷路荘の惨劇(迷路庄的惨剧)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3337

 あの壁の感触を陽子は思い出していた。ゆうべ天坊さんが殺害され、タマ子がゆくえ不

明だという。しかも、天坊さんの殺害された部屋は密室になっており、タマ子は地下道の

どこかに幽閉されているのではないかという疑いが濃厚だという。ここにもうひとつだれ

にもしられぬ地下道への入り口があり、だれかがそれをしっているとすると、そいつは非

常に有利な立場をしめるわけである。

 陽子はそのことを奥村に打ち明けるのが怖かったのである。と、いうことはそのじぶん

彼女がすでにある人物に、強い疑惑をいだいていたということになるのかもしれない。

 彼女は奥村を遠ざけ自分の部屋に閉じこもると、まず名琅荘の見取り図を書いてみた。

その見取り図にはダリヤの間と仁天堂が入っており、彼女はダリヤの間と仁天堂を一直線

でつないでみた。あの地下道は直線ではなく幾多のカーブを持っているのだが、結局は一

直線とみてよいのではないかと考えたのである。

 陽子はその一直線のうえに、鼠の陥穽のところへ×印をつけてみた。鼠の陥穽から仁天堂

までそう遠くないのだから、この×印のついた地点はまず妥当だと思われる。それからうろ

おぼえながらも、彼女がいま疑惑をいだいている地点へ、もうひとつの×印をつけてみた。

そして、それが日本家屋の翼のすぐ下を通っているのに気がついたとき、愕がく然ぜんと

せずにはいられなかった。

 彼女もまた名琅荘のゆらいをしっている。これを建てた古館種人というひとが、当時の

習慣としてより多く、日本家屋のほうを利用したであろうことは想像にかたくなかった。

しかもいま日本家屋のほうに起居しているのは、金田一耕助と継母であることに思いい

たったとき、陽子はさらに慄然とせざるをえなかった。

 この際、金田一耕助はいちおう除外してもよさそうに思えたし、それにおなじ日本家屋

の翼とはいえ、耕助がいまいるところと、継母の起居しているところとはそうとうかけは

なれている。しかもいま陽子が一直線上に第二の×印をつけた地点は、継母がいま使用して

いる寝室のすぐ下に当たっている。

 これに気がつくと、陽子は波状的におそってくる戦慄を禁ずることができなかった。彼

女は長いこと自分のえがいた見取り図とにらめっこをしたのちに、どうしてもいちど、第

二の×点のあたりを調査してみようという気にならずにはいられなかった。しかし、こうな

ると陽子はいよいよ奥村に打ち明けるわけにはいかなくなった。彼女は自分のはしたない

疑いを、ひとにしられることをおそれたのである。

 彼女は単身この探検を決行してみようと思い立った。さりげなくダリヤの間のほうへ

いってみたが、そこには警官の見張りがついているのであきらめざるをえなかった。彼女

はとってかえして仁天堂のほうへいってみたが、さいわいそこには見張りはいない。しか

し、その入り口が外部からでは開かないことをしっている陽子は、物置きへいっててごろ

の薪割りを物色してきた。

 陽子がこうまで思い切った行動をとったのは、継母にたいして強い疑惑をもっていたと

いうことなのだろう。仁天堂の羽目板は固くて堅牢だった。しかし、陽子の決意はそれ以

上に固かった。人間ひとりやっとはい込める亀裂ができたとき、彼女はなんの躊躇もなく

その隙すき間まからはいこんだ。

 暗闇のなかを懐中電灯の光をたよりに歩くとき、ひとはだれでも足下に神経を集中する

ものである。鼠の陥穽の歩み板をわたるとき、彼女はそこに、おびただしい鼠の群れがう

ごめいているのに気がついた。しかも、そのおびただしい鼠の群れが、なにに群がってい

るかということを知ったとき、そして、その哀れな犠牲者がだれであるかを確認したと

き、陽子は骨の髄まで凍るような恐怖に打たれずにはいられなかった。


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