陽子は懐中電灯の光で、そういう部分をつないでいくことによって、そこにアーチ型の
扉があるらしいことを発見した。しかも、苔や隠花植物がむしられたり、押しつぶされた
りしているところをみると、だれかちかごろこの扉を開いて、また閉じたものがあるにち
がいない。
陽子は身をかがめてその扉と床との接触面を調べてみた。そこにほんのわずかだが隙間
があり、扉の中心部に太い鉄の棒がとおしてあるらしく、それが床のなかふかくくいこん
でいるらしい。
わかった、わかった。この扉は鉄の棒を中心に回転するのであろう。扉の幅は四尺にあ
まるから、半回転したとしても、ひとひとりはゆうに通れるはずである。
陽子はその扉を押してみたり、体ごとぶっつけてみたりしたが、彼女の試みはかたくな
に拒絶された。扉はいくらか揺らめくのだけれど、開くまでにはいたらなかった。おそら
くこの扉も、内部からだけしか開閉できないような仕掛けになっているのだろう。
しかし、陽子は満足だった。ここに捜査当局もまだ気づかぬ第三の入り口があり、しか
もさいきんだれかがこれを開いて、また締めたのだ。と、いうことはだれかこの第三の入
り口から、地下道へ潜入したものがあるにちがいないということなのだ。
陽子は満足した。かえってさっそくその旨を捜査陣に報告するつもりだった。彼女はそ
の位置を脳裡につよくチェックしておいて、踵きびすをかえしてその場を立ち去ろうとし
た。ところがそのとき、とつぜん彼女の足を釘づけにするようなことがそこに起こったの
である。
扉のむこうでなにやらガタゴトと、かすかな物音がきこえたのである。陽子はギョッと
して一歩さがると、扉のおもてを懐中電灯の光で照射しながら、つぎに起こる事態を待ち
かまえていた。はじめは空耳ではないかと疑ったが、空耳ではなかった。扉のむこうでた
しかにガチャガチャと、金属の触れあうような物音がするのである。
陽子はまた一歩さがって、いちめんに苔や隠花植物の密生している煉瓦の壁を凝視して
いたが、なんとその壁がそろそろと動きはじめたではないか。
幻覚ではないかと思ったが幻覚ではなかった。
陽子の想像したとおり、その扉は中央をつらぬいている太い鉄の棒を中心として、徐々
に、しずかに回転しはじめたのである。重い、きしむような音を立てながら。
陽子の心臓は高鳴っていた。しかし、ふしぎに恐怖をおぼえなかった。
扉がかってに開くはずがない。だれか壁のむこうにいて操作しているにちがいない。そ
れがだれであるかを想像したとき、ふしぎに陽子は怖くなかった。彼女がいま想定してい
る人物と自分を比較してみたとき、力ずくでは負けないという自信があった。相手が凶器
をもっているかもしれないなどと、思いもおよばなかったところに、陽子の若さと甘さが
あったのかもしれない。
重い煉瓦の扉はきしむような音を立てながら回転していたが、やがて壁と直角の位置に
なったところで静止した。陽子の手にした懐中電灯はすかさずいっぽうの空間を照射し
た。扉のなかがわにもこちらとおなじような地下道があるらしい。懐中電灯の焦点が移動
するにつれて、二間ほどむこうでその地下道が階段につながっているらしいことがうかが
われた。
陽子は懐中電灯の光をぐるぐるまわしてみた。しかし、それは回転扉の裏側と、そのお
くにある地下道と、地下道のおくにある階段らしきものを浮きあがらせたにすぎなかっ
た。彼女の想像している人物の影らしきものを捕らえることはできなかった。彼女は一歩
左へ位置をずらして、直角に開いて静止している、煉瓦の扉の反対がわの空間を照射して
みたが、そこに浮かびあがったものもさっきと同様であった。湿ってジケジケとした地下
道とそのおくにみえる階段だけ。階段も煉瓦でたたんであるようにみえ、そこにもいちめ
んに苔や隠花植物が密生しているらしい。
末広がりの懐中電灯の光の幅以外は、これすべて漆しつ黒こくの闇である。そのことが
さすが大胆な陽子をも息苦しくさせた。