二
除幕式に参列したのは名琅荘の一族のほかに、この事件と因縁浅からざる所轄警察のひ
とたちが大勢。田原警部補や井川、小山の両刑事の顔が見えたことはいうまでもない。ほ
かにこの町の有力者ややじ馬がおおぜい詰めかけているのは、今度の事件がいかにこの界
かい隈わいのひとたちを、驚かせたかということなのだろう。
金田一耕助が吹き渡る高原の風に、ヨレヨレの袴の裾をヒラヒラさせながら、参列して
いることはいうまでもないが、かれはときどき末席につらなっている譲治のほうへ、意味
ありげな視線を送っていた。譲治のそばに十七、八のかわいい少女がいるからである。少
女の名は恵美子といって、御隠居さんがちかごろ東京からつれてきたのだそうだが、えく
ぼのあどけない少女であった。むろんタマ子のあとがまである。
譲治はもっと恵美子に親切にしてやりたいらしいのだが、金田一耕助の皮肉な視線が
追っかけているのでそうもならず、わざと無関心をよそおうて不機嫌らしかった。
除幕式は陽子の手によって執り行われた。そのあと慎吾にまねかれた数名の僧そう侶り
よによって盛大な読ど経きようが行われ、尾形静馬の霊もここにはじめて鎮まったことだ
ろう。
そのあと名琅荘の日本座敷で精しよう進じん落おとしの宴うたげが開かれたが、四時ご
ろには僧侶たちもひきあげ、警察の連中もかえっていったので、あとに残ったのは篠崎慎
吾と金田一耕助、陽子と奥村秘書、ほかにお糸さんがあいかわらず、ちんまりと背中をま
るくして座っていた。
慎吾はひとつの役割りを果たして、肩の荷をおろしたとでもいうのであろうか、大島の
対ついにくつろいでいるのはよいとして、あいかわらずはだけた襟えり元もとから、胸毛
がモジャモジャのぞいているのは行儀が悪い。
金田一耕助はニヤニヤしながら、
「それにしても、篠崎さん、すっかり元気そうになられて結構です。あなたちょっとおや
せになったうえ、色が白くなられたので、男振りがだいぶんよくなられたですね」
「なんですって!」
慎吾が不平そうに鼻を鳴らしたので、陽子が吹き出し、お糸さんと奥村君もおかしそう
に口をおさえた。
「まあ、失礼ねえ、金田一先生は……すると、うちのパパ、いままで男振りが悪かったと
でもおっしゃるんですの」
「とんでもない。もとよりよい男振りのパパさんが、多々益々磨みがきがかかって来られ
たという意味ですよ」
「あら、そう、そんなら堪かん忍にんしてあげますわ」
「ありがとうございます」
と、金田一耕助はペコリと頭をさげると、
「ときに、お嬢さん、奥村君も。きょうはひとつ。パパと談合したいことがあるんです
が、失礼ながら座を外していただけませんか」
「あら、どうして?」
陽子は父と金田一耕助の顔を見くらべながら、なんとなく不安そうである。
慎吾はさぐるような眼で金田一耕助の顔をみながら、
「ああ、そう、陽子、先生のおっしゃるとおりむこうへいってらっしゃい、奥村君も」
「はあ」
「そうお、それじゃ……」
と、陽子はふしょうぶしょう立ち上がると、
「それじゃ、奥村さん、いきましょう。金田一先生、あんまりパパをいじめちゃいやよ」
「それではわたしも……」
と、陽子と奥村君が出ていくあとから、お糸さんも腰をうかしかけるのを、
「いや、お糸さん、あなたはここにいてください」
「はあ……?」
お糸さんは慎吾の顔をみる。慎吾はいよいよさぐるような眼を金田一耕助にむけて、
「万事金田一先生のお言葉にしたがうんだな。このひとに魅込まれたらのがれっこない」
と、強いかぎろいのある瞳ひとみを耕助にむけて、
「と、すると、金田一先生、事件はまだすっかり片づいたわけじゃないとおっしゃるん
で?」
「さすがは篠崎さんでいらっしゃる。と、まあ、そういうわけですな」
「おお、怖い。先生、ひとつお手柔らかに願いたいですね」
「いや、ところがそうはいかないんで。きょうはひとつぜひとも泥を吐いていただきたい
んで。ただし、これは篠崎さん、あなたに対して申し上げる台詞せりふじゃなく、お糸さ
んにいってるんですがね」
「お糸さんに泥を……? お糸さん、おまえさんなにかまだこちらの先生に、隠している
ことがあるのかね」
「ほっほっほ、怖いこと」
お糸さんはしかし蛙かえるのツラに水のような顔をして、巾着のようにつぼめた唇は、
童女のようにあどけなく笑っている。