【第一章の神々】
伊イ耶ザ那ナ岐キノ命ミコト・伊イ耶ザ那ナ美ミノ命ミコト
多くの神を生み落とし、日本列島を作り上げた夫婦神
まだ不完全だった世界を、現在に近いものに形作ったとされるのがイザナキノミコトと
イザナミノミコトの夫婦神である。
天地初しよ発はつ以来、五柱の別こと天あまつ神かみのあと、いわゆる「神かみ世よ七
なな代よ」と呼ばれる神々が生まれたが、その最後に生まれたのがイザナキとイザナミで
ある。彼らは天あまつ神かみの命を受けて高天原から降り立つと、夫婦の交わりをして三
五柱にも及ぶ多くの神を生み出し、山川草木などすべての自然や家屋を作り上げたとい
う。
二神の名前については諸説あるが、誘う男と誘う女を表わすとされている。「イザ」は
「誘う」、「ナ」は助詞の「の」で、「キ」は「男性」で「ミ」が「女性」と、イザナキ
とイザナミが、国生みの際にお互いに誘い合ったことによる命名だというのである。国生
みの際、二神はお互いに名を呼び合っているが、古代社会において名を呼ぶことはすなわ
ち求愛であった。
日本神話の中で重要な役割を担い、ほかに比肩しえないほど多くの行動をなしている二
神であるが、神としての性格は明確ではない。
たとえば、最初に女神であるイザナミのほうから声をかけてできた「ヒルコ」は葦舟で
海に流されたが、このような風習は台湾の高たか砂さご族ほかいくつかの地方で見られる
という。
また、亡き妻を取り戻しに死者の国へと降りてゆくものの、約束を破ってその姿を見て
しまい地上に追い返されるのはギリシア神話のオルフェウスと同様であるし、死者の国の
食物を口にした者はもう元の世界に戻れないというのは、やはりギリシア神話のデメテル
のエピソードにも見られる。
このように、イザナキ、イザナミの神話は、世界に共通する普遍的な要素が多いため、
はっきりした性格を持たない。しかし、だからこそ、様々な要素を受け入れやすかった。
国を生み、黄よ泉みの国くにから逃れて生死の境を区切り、アマテラスらを生んで皇祖と
するといった様々な仕事を成し遂げることができたのも、そのためであろう。
日本人の祖といえるイザナキ、イザナミの二神を祀っているのは、三重県の伊勢神宮別
宮や兵庫県の伊い弉ざな諾ぎ神社などである。
アマテラスら三貴子に、高天原、夜よるの食おす国くに、海うな原ばらを治めるよう命
じたイザナキは、淡海(または淡路)の多た賀がに隠棲すると、すべての仕事を終えてそ
こから天に昇っていったとされている。