ヤチホコの恋物語
別名をもって各地で女性遍歴を重ねる葦原中国の王
スセリビメを妻とし、オホクニヌシとなったオホアナムヂ。ふたりの強い絆の前に、オ
ホクニヌシがかつて娶めとった稲羽のヤガミヒメも、子供を置いて帰ってしまっている。
だがその一方で、オホクニヌシは好色な一面も持っていた。彼はヤチホコという別名で、
各地で女性遍歴を重ねているのだ。実際にスサノヲが誓約うけいで生んだ女神のひとりタ
キリビメなど多くの女性と契ちぎり、多数の御子神を儲けている。
なかでも越こし国(北陸)のヌナカハヒメへの求婚では、長い恋歌をやり取りして翌日
の夜に結ばれる様子が、叙情的に描かれている。だがそんな彼の華やかな女性関係は、嫉
妬にかられた正妻のスセリビメとの軋あつ轢れきも生み出した。ヤチホコは嫉妬深い妻に
悩まされ、ついに別れの歌を贈る。するとスセリビメから「女性の私にはあなたしか男性
はいない。私の美しい手を枕にして休んでください。お酒を召し上がれ」と可愛い歌が贈
られてきた。これを聞いてヤチホコは妻への愛情が復活したのか、スセリビメと酒を酌み
交わして仲睦まじく鎮まったという。
こうした感情を込めた長い歌のやり取りは『古事記』の特徴のひとつである。