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第一部 第二章 ホームズ氏の講義(1)
日期:2024-01-09 17:38  点击:297

第二章 ホームズ氏の講義

 私の友の生き甲斐となっているあの劇的瞬間がまたしても訪れたのだった。といって、

彼がこの驚くべき報告に衝撃をうけたとか、いや刺激をうけたといってすら、誇張になる

だろう。彼の特異な気質には冷酷さなどひとかけらもなかったのだが、強い刺激を何度も

味わってきたせいで感覚が麻痺してしまっていることは否めなかった。しかし、感情の動

きが鈍いのとは裏腹に、頭脳はめざましい勢いで活動していた。警部のぶっきら棒な発表

に私が内心ぞっとしたのに対し、ホームズはそんなそぶりをつゆともみせなかったのだ

が、それでも彼の顔は、過飽和溶液から結晶が析出していく状態を観察している化学者の

ような冷静な関心を示していた。

「おもしろいですな!」彼はいった。「じつに面白い!」

「驚かれていないみたいですね」

「興味はおぼえるが、しかし、マック君、驚くほどのことじゃないよ。だってなぜ驚かな

きゃいけないんだい? ぼくはある信頼すべき筋から、ある人物に危険がせまっていると

いう匿名の警告状をうけとった。それからものの一時間もたたないうちに、ぼくはその危

険がすでに現実のものとなったことを知ったわけだ。なるほど興味はおぼえるにしても、

ごらんのとおり、驚きはしないね」

 ホームズは警部に手紙や暗号のいきさつを手短に語った。マクドナルドは両手でほおづ

えをつき、太い黄金色のまゆをしかめてきいていた。

「じつはけさバールストンへ出かけるつもりだったのです」彼はいった。「ここへお寄り

したのもあなたにいっしょにきていただこうかと思ったからなのです。もちろんここにお

られるご友人にもですが。でもあなたのお話をうかがってみると、どうやらロンドンにい

て仕事をしたほうがよさそうですね」

「そうは思わないね」ホームズがいった。

「ご冗談を、ホームズさん! この二、三日、新聞はバールストンの謎について書きたて

るでしょう。でも、犯罪を事前に予告した人物がロンドンに潜んでいるとわかった以上、

謎もへったくれもないでしょう? その男をつかまえれば、事件も解決したのと同然です

よ」

「なるほど、マック君。でもどうやってそのポーロックと名のる男をつかまえるつもりだ

い?」

 マクドナルドはホームズから手渡された手紙をひっくり返してみた。

「カンバーウエル局の消印がある――これはたいして役に立ちそうにもないですね。名前

はあなたがおっしゃるには偽名だそうだし。たしかに厄介ですね。あなたは彼にお金を

送ってやったことがあるとおっしゃいませんでしたか?」

「二回ほどね」

「でもどうやって?」

「カンバーウエル局留にして」

「うけとりにくる男をたしかめにはいらっしゃらなかったのですか?」

「いかない」

 警部は意外に思ったらしく、少しあきれたような顔をした。

「でもなぜです?」

「ぼくは約束を守る男だからだよ。最初に向こうから手紙をよこしてきたとき、決してか

ぎまわったりはしないと保証してやったのだ」

「あの男の背後に誰かいると思っておられるんですね」

「思ってではない、わかっているのだよ」

「いつかおっしゃっていた例の教授ですか?」

「そのとおり」

 マクドナルド警部は微笑をうかべ、目をしばたたいて私のほうをちらっとみた。

「じつをいいますとね、ホームズさん、われわれC・I・Dではこの教授についてあなた

は少し思いこみがすぎるのではとみているのですが。この件に関しては私自身も少しあ

たってみたのですが、教授は学識才能ともに兼ねそなえた非常にりっぱな人物ですよ」

「彼の才能を認めてくれたとはありがたい」

「そりゃ認めざるをえないでしょう。あなたからお話をうかがっていたので教授と直接

会ってみたのです。そのときはどういうわけか日蝕のことが話題になったのですが、教授

は反射つきランタンと地球儀をもちだしてきて、あっという間に解明してくれましたよ。

ついでに本まで貸して下さったのですが、正直いって、アバディーンでしっかりと教育を

うけたはずの私でも歯がたたない代物でした。しらが頭のやせた顔でもったいぶって話す

ところなど、まるで牧師さんそっくりでした。別れしなに教授が私の肩に手をかけてくれ

たときなど、冷たくせちがらい世間へ旅立つ息子の祝福を祈る父親のような印象をうけた

ものです」

 ホームズはくすくす笑って両手をこすりあわせながらいった。

「すばらしい! すばらしいことだ! で、マクドナルド君、その心あたたまる感動的ご

対面は教授の書斎でおこなわれたのだね?」

「そうです」

「りっぱなへやだっただろう?」

「たいへんりっぱな、みごとなお部屋でしたよ、ホームズさん」

「できみは、あの男の書斎机のまえにすわったのだね?」

「そうです」

「するときみは窓からの光を顔にうけ、あの男は光線のかげにいた?」

「じつは晩のことだったのですが、そういえばランプが私の顔を照らしていました」

「だろうね。それできみは教授の頭の上の絵に気づいたかい?」

「私の目はそれほど節穴 ふしあな じゃありませんよ、ホームズさん。もっともこれもあなたのお

かげですがね。ええ、みましたとも――両手をそろえて頭を支え、こちらを横目で見つめ

ている若い女の絵でした」

「ジャン・バティスト・グルーズの作だよ」

 警部はしいて興味のあるふりをしたが、ホームズは椅子に深く身をしずめて両手の指先

をからませながら、おかまいなしに続けた。


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09/30 15:34