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第一部 第二章 ホームズ氏の講義(3)
日期:2024-01-09 17:39  点击:264

「いろいろ面白い逸話をきかせていただいたのですが、少し話がわき道にそれてしまった

ようですよ、ホームズさん。教授の財産の話はさておき、あなたのお話のなかでいま問題

にすべきことは、こんどの犯罪に教授が一枚かんでいるらしいということです。ポーロッ

クとかいう男からの通告でわかったとのことですが、さしあたっていまわれわれのつかみ

うることといえばそれくらいでしょうか?」

「犯罪の動機に関しては多少の見当がつかないでもないよ。きみの話をきくかぎりでは、

不可解な、というか少なくともいまのところ納得のいかない殺人事件だということらしい

が、事件の背後にいま私たちが問題にした例のうさん臭い人物がいるとすれば、二様の動

機が考えられるね。まず第一の動機についてだけど、モリアーティは配下の連中をいわば

鉄のむちで支配しているのだよ。恐るべき戒律だ。掟に背けば待ちうけているものはただ

ひとつ。死だ。そこで考えられるのは、殺されたこのダグラスとかいう男がなにかで首領

を裏切り、それでその裏切者を待ちうけている運命を犯罪王の手下の一人がかぎつけたと

いうことだ。刑は執行された。そしてみせしめのために連中のみんなに知らされるのだ」

「なるほど、そういうことも考えられますね、ホームズさん」

「もうひとつは、この事件をモリアーティが、いつものありふれた悪事の一環として企て

たものとみる見方だ。何か盗まれていたかい?」

「まだその点の報告ははいっていません」

「もし何か盗られていれば、もちろん第一の仮説はくずれ、第二の仮説が浮かびあがって

くる。モリアーティは利益を山分けする約束で事件を仕組んだのか、前金をふんだくった

うえで事を企んだのか、どちらとも考えられるね。がどちらにせよ、いやもしかしたら

もっと別のかたちで手を貸したのかもしれないが、ともかくバールストンへ行ってみなけ

れば話にならないよ。あの男のことはよく知っているが、しっぽをつかまれるような手が

かりをこのロンドンに残しておくようなまぬけではないからね」

「ではバールストンへ急がねば!」マクドナルドは椅子からとびあがって叫んだ。

「やっ! しまった、思ったより時間をくってしまった。おふたかたは五分以内にしたく

をして下さい。いいですね」

「五分もあればじゅうぶんだよ」というとホームズは勢いよく立ちあがって、てきぱきと

部屋着を外出着に着かえながら、「マック君、道中で事件の詳細をすべてきかせてくれた

まえ」

「詳細をすべて」きいてみたところが、うんざりするほど何ひとつわかっていなかった。

もっとも、その道の専門家がわざわざ調査にのりだすだけの価値は十分にある事件だとい

うことはたしかにうなずけた。ホームズは目を輝かせて骨ばった手をこすりあわせなが

ら、そのとぼしいなりにも驚くべき詳細に耳を傾けた。何週間もえんえんと続いた退屈き

わまりない日々がようやく終わりをつげ、ここについに、特異な才能を発揮するのにうっ

てつけの対象がみつかったのである。どんな天才でも才能をもてあましていることほどう

んざりすることはない。カミソリ同様、鋭利な頭脳も使わないでいると刃先が鈍り、さび

ついていく。ホームズは目を輝かせ、青白いほおをほんのり赤らめながら、ついに自分の

出番がまわってきたことのうれしさを顔一面にあらわしていた。馬車のなかでは、身をの

りだすようにして、サセックス州で私たちを待ちうけている難題のあらましを語るマクド

ナルドの言葉に熱心に耳を傾けていた。警部の話では、彼自身、けさ早く牛乳列車で送ら

れてきた走り書きの報告をもとにしてしゃべっているのにすぎないとのことだった。たま

たま現地の警察官ホワイト・メイソンと知り合いだったため、地方警察がロンドン警視庁

に援助をあおいでくるいつもの場合よりもかなり早く情報を耳にしえたということだっ

た。首都警察の専門家に出動が要請されるのは、ふつうよくよく手がかりのとぼしい場合

にかぎられていた。

 警部はメイソンの手紙を読んできかせてくれた。

「拝啓、マクドナルド警部殿。公式の依頼状は別便に託しました。ここでは特に個人的に

あなたにお願いする次第です。朝の何時の列車でバールストンへ来られるのか電報でお知

らせ下されば、私が出迎えにまいりますし、もし私の手がふさがっておりましたら誰かを

代わりに迎えにやらせます。重大事件です。一刻も早くおこし下さい。もしホームズ氏を

お連れ願えれば、まさに私どもの望むところです。あの方独自の方法できっと何かを発見

して下さるでしょう。もし本物の死体さえ舞台の真ん中にころがっていなければ、すべて

は劇的効果をあげんがために仕組まれた芝居と考えたくなるような事件です。まったく、

すごい事件です!」

「きみの友人はまんざらばかでもなさそうだね」ホームズが口を開いた。

「もちろんですとも。ホワイト・メイソンは私のみるかぎり大変有能な男ですよ」

「で、話はそれだけ?」

「あとは現地で彼の口から直接くわしい話を聞かせてもらうことになっています」

「じゃあどうやってきみは、ダグラス氏だの、彼が惨殺されただのということを知ったの

だい?」

「同封してあった公式報告にしるされていたのです。もっとも『惨殺』という言葉は使っ

ていませんが。正式の公用語にはないのです。で、それによると被害者の名はジョン・ダ

グラスといい、散弾銃で頭部を撃たれているとのことです。発見時刻は昨夜十二時近く、

さらに、他殺であることはあきらかだが容疑者はまだつかまっておらず、事件は不可解で

異常な様相を呈しつつある、と述べています。いまつかんでいるのはざっとこれだけで

す、ホームズさん」

「じゃよければこの話はひとまず、これで打ち切ろう、マック君。不十分な資料にもとづ

いて早まった見当をつけることは、ぼくたち職業では命とりになるからね。目下のとこ

ろ、ぼくが確信をもっていえることはつぎの二点だけだ。ロンドンに一人の天才が潜んで

おり、サセックスにひとつの死体が横たわっている。ぼくたちの任務はこの二点をむすぶ

鎖をつきとめることだよ」


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