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第一部 第三章 バールストンの悲劇(3)
日期:2024-01-09 17:46  点击:279

「発見はいつです?」巡査部長は手帳をとりだした。

「ちょうど十一時半でした。寝室にひっこんではいましたが、まだ寝巻きにも着がえずに

暖炉のそばに腰をおろしていたところへ、銃声を聞いたのです。大きな音ではありません

でした――鈍い、こもったような音でした。すぐさま階下へ駆けおりましたが、部屋にた

どりつくまでに三十秒もかからなかったように思います」

「ドアはあいていましたか?」

「ええ。あいていました。みると、ダグラスがあわれにもこのとおり倒れていたのです。

寝室用のローソク立てがテーブルの上にともしてありました。このランプはその少しあと

で私がともしたものです」

「誰もみかけませんでしたか?」

「ええ。そこへダグラス夫人が私のあとから階段をおりてくる足音がきこえたものですか

ら、こんなむごたらしい光景をみせてはならないと思い、部屋をとび出したところへ家政

婦のアレン夫人がやってきたので、奥さんを連れていってもらったのです。そのとき、エ

イムズも駆けつけてきたので、ふたりでもう一度この部屋にひき返したわけです」

「ところでたしか跳ね橋は夜中はずっとあげっぱなしだときいていましたが?」

「そうです。私がおろすまではあがっていました」

「じゃ、もしこれが殺人だとして犯人はどうやって逃げたのだろう? これは考えるだけ

むだですね。ダグラス氏は自殺したのにちがいありませんよ」

「私たちも最初はそう思ったのですが、でもちょっとこちらを」といいながら、バーカー

はカーテンをめくって、ひし形のガラスをはめた細長い窓がいっぱいにあけはなたれてい

るのを示し、「これをみて下さい」といってランプを近づけて、木の窓わくの上の靴底の

形をした血のしみを照らしてみせた。「誰かここから逃げたものがいるんです」

「堀をわたって逃げたとでも?」

「おっしゃるとおり」

「すると、あなたがこの部屋に駆けつけたときは銃声がしてからまだものの三十秒もたっ

ていなかったとすれば、ちょうどそのとき犯人はまだ堀の水を渡って歩いていたことにな

りますな」

「きっとそうだと思います。私があのとき窓に駆けよっていれば、と思うと残念でなりま

せん。でもごらんのとおりカーテンがかかっていましたので、そんなことは思いもよらな

かったのです。そこへダグラス夫人の足音を耳にしたものですから、彼女を部屋にいれま

いとすることで精一杯で。彼女にみせるにはひどすぎますからね」

「まったくひどいもんだ!」医者はぐしゃぐしゃにつぶれた頭部とそのまわりの無残な傷

あとをみながら言った。「こんな傷あとをみたのはバールストン鉄道事故以来初めてです

よ」

「しかしですねえ」巡査部長ののんびりした田舎っぽい常識には、開いていた窓のことが

どうしてもひっかかるらしい。「犯人は堀をわたって逃げたとのお説はうなずけますが、

ではおききしますがね――橋があがっていたとしたらいったい犯人はどうやってこの屋敷

にはいりこんだのでしょう?」

「ああ、それは問題ですね」バーカーが言った。

「橋は何時にあげたのです?」

「六時まえでございます」執事のエイムズが答えた。

「日没とともにあげる習慣だときいていたんだが、だとするとこの季節では六時よりも

もっと早い四時半ごろになるはずだが」

「奥さまのところにお茶のお客さまがおみえになってましたので、その方々がお帰りにな

るまではあげるわけにはまいりませんで、帰られたあとで私が巻きあげた次第で」エイム

ズがいった。

「するとこういうことになるね。もし何者かが外部から侵入したのだとすれば――あくま

で、もし ヽヽ そうだったとしての話だが――そいつは六時までに橋をわたってはいりこみ、

十一時すぎにダグラス氏がこの部屋にはいってくるまでずっと屋敷のどこかに隠れてい

た」

「だと思います。ダグラス君は毎晩寝るまえに、消し忘れた燈火 あかり がないかどうかをたし

かめるため、館じゅうをみてまわっていました。それでこの部屋にはいってきたところ

を、待ちかまえていた男に撃たれたのです。そして男は銃を置き去りにしてあの窓から逃

げたわけです。私はそうにらんでいます――だってほかに考えようがありませんよ」

 巡査部長は死体のそばの床に落ちていた一枚の紙きれをひろいあげた。V. V. という頭文

字と、その下に341という数字がインクで書きなぐってあった。

「これは何です?」部長がかかげてみせると、バーカーはめずらしそうにながめながら、

「ちっとも気づきませんでした。きっと犯人が落としていったのにちがいありませんよ」

「V. V. 341 とありますね。これじゃ何のことかさっぱりわかりませんね」とバーカーがい

うと、

「V. V.て何のことかな? 誰かの頭文字かもしれんな。ウッド先生、それは何です?」

 ウッド医師は、暖炉のまえの絨毯の上にころがっていたかなり大きな金づちをひろいあ

げた。ずっしりとした、丈夫そうなものだった。セシル・バーカーが、マントルピースの

上に置いてある、真鍮くぎの入った箱を指さして言った。

「ダグラス君はきのう、額の絵をとりかえていたんです。あの椅子にのって、上の壁に額

をかけているところを、私はこの目でみましたから。その金づちはそのときのものです

よ」

「落ちていたところへもどしておいたほうがいいでしょうな」そういって、巡査部長は困

りはてたような表情で頭をかきむしりながら、「こんどの事件の解明には、警察界きって

の腕ききの手をわずらわさねばなりますまい。いずれロンドン警視庁がのりだすことにな

るでしょう」というと、ランプスタンドを手にもって、ゆっくりと部屋のなかを歩きま

わっていたが、窓のカーテンを片側へひきよせたとき、突然びっくりしたように、「お

や!」と叫び、「ここのカーテンは何時に閉めたんです?」といった。

「ランプをともしたときでございますから、たぶん四時すぎだったと存じますです」執事

が答えた。


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09/30 15:28