「でも屋敷内に誰かがはいりこんだという説には、まだどうも納得しかねる。考えてもみ
なせえ」――議論に熱中するとついアバディーンなまりをまる出しにして、「考えてもみ
なせえ、もしこの鉄砲が外部からもちこまれたもので、この奇妙な事件がすべて外部のも
のの仕わざだとしたら、どういうことになるか。いやはやどだい無茶だよ。常識では考え
られねえだ。ねえ、ホームズさん、いままでの話をおききになって、どう思われます?」
「まずきみの意見をきかせてもらいたいね、マック君」ホームズは公平を重んじる口調で
言った。
「もし外部のものの仕わざだとしても、盗みが目当ての犯行ではありません。指輪の一件
といい、例の紙きれといい、何か個人的な理由による計画的殺人であることをにおわせて
います。ここまではよろしい。さてここにひとりの男がいて、殺人の決意をかたく胸に秘
め、屋敷にしのびこんだとします。いやしくも分別のある男なら、屋敷が堀で囲まれてい
ることからして逃走が容易でないことは、じゅうぶん承知しているはずです。だとしたら
凶器には何を選ぶでしょう? もちろん、できるかぎり音のしないものがいいにきまって
います。音さえたてなければ、事をなしおえたらすばやく窓からぬけだし、堀をわたっ
て、あとは思いのままずらかればいいわけです。これなら話はわかります。ところが、よ
りによっていちばん大きな音のする武器をもちこむなんて! 大きな音をたてれば屋敷
じゅうの人間が一目散に駆けつけてきて、堀をわたりきらないうちにみつかってしまうこ
とくらいわかりきっているのにですよ。こんなことが納得できますか? 信じられます
か? ホームズさん」
「なるほど、実に確固たる見解だね」私の友人は、考えこみながら答えた。「でもそうい
いきるには、まだまだ立証しなければならないことがたくさんあるはずだよ。ところで失
礼ですが、ホワイト・メイソンさん、堀からあがったものがいたかどうか、向こう岸をす
ぐに調べてみられましたか?」
「なんの形跡もありませんでした、ホームズさん。もっとも向こう岸は石で固めてありま
すから、期待するほうが無理でしょうね」
「足跡のようなものはなかったのですね?」
「ありません」
「ほう! では、ホワイト・メイソンさん、これからすぐ屋敷へまいってもよろしいです
か? 何か手がかりになるようなこまかい点が、まだひょっとしたら残っているかもしれ
ませんから」
「ちょうどお誘いしようと思っていたところです、ホームズさん。ただでかけるまえに、
事情をひととおりお耳にいれておいたほうがよいと思ったものですから。で、万一何かお
目にとまるものがありましたら――」ホワイト・メイソンは、疑惑のこもった目つきでア
マチュア探偵をみやった。
「ホームズさんとは以前にもいっしょに仕事をしたことがあるが、公明正大なお方だよ」
マクドナルド警部が言った。
「まあ、とにかく、私なりにね」ホームズはにっこりして、「私が事件に首をつっこむの
は、ひとえに正義を守り、警察の仕事を手だすけしてあげたいからなのです。警察の一員
ではありませんが、それというのも、警察のほうで私から離れていったにすぎません。で
すから、警察を利用して鼻をあかしてみせる気など、まったくないのです。それとひきか
えに、ホワイト・メイソンさん、私は私の流儀で捜査をすすめさせていただき、さらにそ
の結果を、私の欲するときに――小出しにではなく、すっかりまとまってから――あきら
かにさせていただくことを、お願いします」
「あなたにおいでいただけて、まことに光栄のいたりです。こちらにわかったことはすべ
て包み隠さずお知らせする所存です」ホワイト・メイソンは心をこめて言った。「ワトソ
ン先生もどうぞいらして下さい。そしていずれ時がくれば、われわれのこともぜひお書き
そえ願いたいものです」
私たちは、頭を刈りこんだニレの木立にはさまれた、古風な村の街道を歩いていった。
しばらくいくと、風雨にさらされところどころこけむした、古めかしい石柱が二本、並ん
でいるのがみえた。そのいただきには、何やらえたいのしれないものがのっかっていた
が、これこそ、かつてバールストンに居を構えたカプス家の遺物ともいうべき、うしろ足
で立つライオン像の朽ちはてた姿だった。その門をはいって、イギリスの片田舎独特の芝
生のなかにカシの木々が立つ光景をみやりつつ、曲がりくねった馬車道を少しいくと、急
にその道が折れ曲がって、高くないわりにやけに間口の広い、ジェイムズ王朝風のうすぎ
たない暗褐色のれんが造りの建物が、目のまえに現われた。両側には、イチイを短く刈り
こんだ古めかしい庭がついている。近づくにつれて、木でできた跳ね橋や、冷たい冬の陽
ざしを浴びて水銀のように静かに光り輝く水をたたえた、幅の広い美しい堀がみえた。こ
の古い領主館をよぎっていった三世紀におよぶ時の流れのなかで、多くの子供が生まれ、
さまざまな帰郷のドラマがあり、舞踏会やきつね狩りが幾度も催されたにちがいない。そ
の由緒ある館に、いまになって、こんどのようないまわしい出来事が暗い汚点を刻みこむ
ことになるとは、まったく不思議なめぐりあわせというほかはない。とはいうものの、あ
の異様なまでにとがった屋根や、古風に張りだした破風などには、どことなく、身の毛も
よだつような陰惨な劇にふさわしい舞台をおもわせるものが、漂っていた。実際、深くく
ぼんだ窓や、足もとを水に洗われている、黒ずんだ長々と広がる正面をみていると、こん
どのような悲劇にこれほどうってつけの場所はないように私には思われるのだった。
「あの窓ですよ」ホワイト・メイソンが言った。「跳ね橋のすぐ右のやつです。ゆうべ発
見したときのまま、あけてあります」
「ひとがくぐり抜けるには少し狭すぎるようだね」
「ええ、どうせあまり太った男ではなかったのでしょう。その点は、ホームズさん、あな
たに指摘していただくまでもなく、私も気づいていました。でもあなたや私くらいの男な
らじゅうぶんくぐり抜けることができますよ」
ホームズは堀の端まで歩み寄って、向こう岸をながめ、それから石垣とそのまわりの草
地をじっくりと見た。
「そこは私がじゅうぶん調べましたよ」ホワイト・メイソンが言った。「なんにもありゃ
しません。誰かがはいあがった形跡などみあたりません。それに、そもそもそんな跡を残
すようなことをしますかね?」
「ごもっともです。しないでしょうな。この堀の水はいつもこんなににごっているのです
か?」
「だいたいいつもこんな色です。流れこんでいる小川の水に粘土がまじっているのです
ね」
「深さはどのくらいです?」
「両端は二フィートくらいですが、まん中あたりは三フィートあります」
「だとすると、渡ろうとしておぼれてしまったなどということはまずありえないわけです
ね?」
「ええ。子供ですらおぼれようがありませんよ」
私たちが跳ね橋をわたっていくと、ひからびたような、節くれだった風変わりな男が出
迎えてくれた。――執事のエイムズだった。事件の衝撃が大きかったせいか、あわれにも
顔面蒼白で、小きざみにふるえている。運命の部屋に足を踏みいれると、背の高い、陰気
でかた苦しそうな村の巡査部長が、まだ昨夜からの見張りをつづけていた。医者はすでに
引きあげていた。