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第一部 第四章 暗闘(4)
日期:2024-01-11 16:02  点击:237

「理屈をうんぬんするまえに、たしかめておきたい事実が二、三あるのだがね、マック

君」そう言って、彼は死体のそばにひざまずいた。「おやおや! これはひどい傷だ。

ちょっと執事を呼んでくれませんか……やあ、エイムズ、あなたはたしか、ダグラス氏の

前腕に、この丸のなかに三角が描かれた奇妙な焼印のあるのを、しばしば目にしたという

ことだが?」

「はい、何度もございます」

「どういう意味かについてはなにもきかされたことはないんだね?」

「はい、ございません」

「これをおしたときはさぞかし痛かったにちがいない。なにしろ火傷 やけど なんだからね。と

ころでエイムズ、ダグラス氏のあごのすみに小さなバンソウコウがはってあるが、これを

生前にもみかけたことがあるかい?」

「はい、昨日の朝、おひげをそられたときに切られたのでございます」

「そんなことは前にもあったの?」

「いいえ、久しくございませんでした」

「面白い!」ホームズが言った。「むろんたんなる偶然かもしれないけれど、身にせまり

くる危険を察知して精神が不安定だったせいとも考えられる。きのうのダグラス氏に、ど

こかいつもとちがう様子はなかったかい、エイムズ?」

「ややそわそわなさって興奮しておいでのようにおみうけしました」

「ふむ! 本人にはまったく身に覚えのない災難ではなかったらしいな。どうです、少し

は話が進展したでしょう? 何かたずねてみたいことでもあるのではないのかい、マック

君?」

「いえ、ホームズさん、ここはあなたにおまかせしますよ」

「それではと、つぎにこの『V. V. 341』と書かれた紙きれにうつりましょう。粗 あら い厚紙

だけど、屋敷にこれと同じものはあるの?」

「ございませんようです」

 ホームズは机のそばに歩み寄り、それぞれのインクつぼから数滴ずつ、吸取紙の上にた

らしてみた。

「この部屋で書かれたものではないね。このインクは黒だけど、あれは紫がかったインク

で書かれている。しかも太いペン先のもので書かれているのに、ここにあるのはすべて細

かいものばかりだ。やはりどこかほかで書いたらしい。この記号に何か心当たりはないか

い、エイムズ?」

「いいえ、さっぱりわかりませんです」

「きみはどう思う、マック君?」

「何かある種の秘密結社がからんでいるような気がします。前腕の印をみてもそんな気が

しますね」

「私も同感です」ホワイト・メイソンが言った。

「ではとりあえずこの仮説にもとづいて、いけるところまで考えをすすめてみよう。そう

した結社から派遣された一員がこの屋敷にしのびこみ、ダグラス氏を待ち伏せ、この銃で

顔をねらい、ほとんど頭部を吹きとばさんばかりに撃ち殺し、死体のそばに紙きれを残し

て、堀をわたって逃げる。そしてこの紙きれのことが新聞にでれば、結社のほかの仲間た

ちは復讐が遂げられたことを知るわけだ。これで一応つじつまはあうけれど、しかしより

によってなぜこんな銃を使ったのか?」

「まったくですね」

「そしてなぜ指輪がなくなっているのか?」

「そうですとも」

「しかもまだつかまらない。もう二時をまわっている。明けがたから、半径四十マイル以

内の巡査連中が総出で、血まなこになってずぶぬれのよそ者をさがしているはずなの

に?」

「そのとおりです、ホームズさん」

「ならば、近くの隠れ場に身を潜めているか、服を着がえでもしないかぎり、みつからな

いはずがない。ところがいまにいたってもまだ ヽヽ みつかっていない」ホームズは窓ぎわに

進みでると、拡大鏡をとりだして窓わくの上の血のしみを調べていたが、「あきらかにく

つの跡だ。かなり幅のひろいくつだな。――いわゆる扁平足というやつだ。それにしても

変だ。だって、カーテンの裏の泥ぐつの跡から想像できるのは、もう少し形のととのった

とでもいうべき足のはずだからね。まあ、いずれにせよ、泥ぐつの跡はかなりぼやけてし

まっていることはたしかだけど。このサイドテーブルの下にあるのは何だろう?」

「ダグラスさまの鉄亜鈴でございます」エイムズがいった。

「鉄亜鈴――ひとつしかないな。もう片方は?」

「存じませんです、ホームズさん。はじめからこれひとつだけだったのかもしれません。

ずっと前から気がつきませんでしたので」

「片方だけの鉄亜鈴ね――」ホームズが真剣な顔つきをしていいかけたとき、ドアを鋭く

ノックする音がきこえ、背の高い、よく日に焼けた顔をきれいにそりあげた、有能そうな

男が戸口に現われて、私たちをみまわした。この男が話にきくセシル・バーカーだという

ことは、ひと目みてわかった。横柄そうな目をすばやく動かし、私たちの顔を、探るよう

にちらちらとみくらべた。

「お話し中おじゃましてすみませんが、一刻も早くお知らせすべきと思いましてね」

「つかまったのですか?」

「いえ、そうだといいのですが、でも自転車がみつかったのです。犯人が乗りすてていっ

た自転車です。ちょっとご覧になって下さい。玄関から百ヤードたらずのところです」

 私たちがいってみると、馬丁風の男たちをまじえた四、五人のやじ馬たちが馬車道に

つっ立って、ときわ木の茂みに隠されていたところを引きずりだされた自転車を、じろじ

ろながめていた。かなり使い古されたラッジ・ホイットワース製で、相当の距離を走って

きたらしく、泥だらけになっていた。サドルバッグにはスパナや油差しがはいっていた

が、持主の手がかりはつかめなかった。

「これに番号や鑑札がついていたら、警察は大助かりなんですがね」マクドナルド警部が

言った。「でもまあ、こいつがみつかっただけでもありがたく思わなきゃなりません。た

とえどこへずらかったかはわからないにしても、どこから来たかくらいは見当がつきます

からね。それにしても一体全体、やっこさんはどうやって逃げたんでしょうね? どうも

依然として五里霧中といったところですね、ホームズさん」

「そうですかね?」私の友人は考えこみながら、「さてどうかな!」


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