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第一部 第六章 薄明(5)
日期:2024-01-11 16:50  点击:280

「もし警察の目をくらましたいのなら、きちんとホテルへもどって、めだたない旅行者を

よそおい、おとなしくしているのがあたりまえでしょう。だのにこんなことをすれば、ホ

テルの支配人が警察にとどけるだろうし、そうなれば人殺しとむすびつけて考えられるは

めになるくらいのことは、わかりきっているはずなのですがね」

「常識ではそうだろうね。でもいまだにつかまってないところをみると、少なくとも現在

の段階では、男の知恵もそれなりに効を奏しているわけです。で、人相のほうはどうなん

だい?」

 マクドナルドは手帳をとりだして、

「ききだせるだけのことはすべて、ここへ書きとめてきましたよ。それが、みんなそれほ

どはっきりとはみていないらしいんです。でも、ボーイや事務員や女中たちがほぼ一致し

て言っている点をまとめてみますと、こうです。身長は約五フィート九インチ、年は五十

前後、ややしらがまじりの髪で、これまた灰色がかった口ひげをはやし、かぎ鼻で、みん

な口をそろえて、あまり人相のよくない、こわそうな顔だったと言っていました」

「ほう、顔のことをのけたら、ダグラスとそっくりだ」ホームズが言った。「ダグラスも

五十すぎで、髪も口ひげもしらがまじりだし、身長もほぼ同じときている。ほかに何

か?」

「厚手のグレイの背広の上にリーファ・ジャケットをつけ、丈の短い黄色のオーバーをは

おって、やわらかい縁なし帽をかぶっていたそうです」

「猟銃のことは?」

「あれは二フィートたらずのものですから、かばんにもじゅうぶんおさまったでしょう

し、オーバーの下に隠してもち歩くことも難なくできたはずです」

「で、こういったことすべてを、事件と照らしあわせてみて、どう考えるの?」

「それはですね、ホームズさん」マクドナルドが答えた。「この男をつかまえれば――人

相がわかると五分もたたないうちに、随所に電報で知らせておきましたからね――もっと

はっきりしたことがいえると思います。でも現時点ですら、捜査はかなり進展したとみて

いいと思います。ハーグレイヴと名のるアメリカ人が、二日前に、かばんをたずさえ、自

転車にのってタンブリッジ・ウエルズヘやってきました。かばんのなかには銃身を切りつ

めた猟銃をしのばせていたわけですから、人を殺すのが目的であったことはたしかでしょ

う。きのうの朝、この男は、オーバーの下に鉄砲を隠して、自転車でこのバールストンへ

向かいました。もっとも、われわれの知るかぎりでは、この男がやってきたところをみた

ものはいないわけですが、わざわざバールストンの村のなかを通り抜けなくとも、領地の

門のところへたどりつくことはできるわけですし、そうでなくとも、街道には自転車に

乗った連中がうようよいますから、人目につくこともないはずです。おそらく、男はこち

らにつくとすぐに例の月桂樹のしげみに自転車を隠し、自分もその辺に身を潜めて、屋敷

のほうをうかがいながら、ダグラス氏が出てくるのを待ちかまえていたのでしょう。猟銃

はたしかに家のなかで使うには不向きな凶器ですが、戸外で使うつもりだったとすれば、

話は別です。むしろ絶好の武器といえなくもありません。撃ちそこねる心配はまずないわ

けですし、イギリスの猟場近辺では、みんな猟銃の銃声には慣れっこになっていて、不審

に思ったりするものなんかいやしませんからね」

「きわめて筋のとおった意見だ!」ホームズが言った。

「ところが、ダグラス氏は外へ姿を現さなかったわけです。で、男はどうしたか? 自転

車を置き去りにして、夕闇にまぎれて屋敷に近づきます。みると橋はおりており、あたり

に人の気配はない。運を天にまかせて橋をわたります。もちろん、見つかれば何かいいわ

けをするつもりだったのでしょう。運よく誰にも会いませんでした。屋敷に足を踏みい

れ、最初に目にはいった部屋にしのびこむと、カーテンのうしろに隠れます。ところが、

そこから跳ね橋のあがるのがみえたものだから、逃げ道は堀をわたるしかないことをさと

ります。で、ずっとそこで待っていると、十一時十五分すぎになって、ダグラス氏が例に

よって夜の見まわりにやってきました。そこで一発のもとに撃ち殺し、あらかじめ考えて

おいたとおり逃げていったわけです。自転車は、ホテルの連中にみられていて足がついて

はまずいと思い、その場に残したまま、何かほかの手段を使ってロンドンへ逃げ帰った

か、それとも、まえもって用意しておいた安全な隠れ家へ逃げこんだのです。どうです、

ホームズさん?」

「なるほど、マック君、きみの意見はそれなりにはっきりしていて、じつに面白かった

よ。それがきみの結論なんだね。ではぼくの結論をいおう。犯行は報告された時刻よりも

三十分ほど前におこなわれている。ダグラス夫人とバーカー氏は、共謀して何かを隠して

いるのだ。逃げる前に、あの部屋で犯人と顔をあわせているはずだ。そして、窓から逃げ

たと思わせるために小細工をほどこし、実際にはおそらく、ふたりで橋をおろして犯人を

逃がしてやったのにちがいない。事件の前半をぼくは ヽヽヽ こう解釈しているよ」

 ふたりの刑事は頭をふった。

「いやはや、ホームズさん、もしあなたのおっしゃることが本当なら、われわれはやっと

謎を解きあかしたと思ったとたんに、また新たな謎に直面したことになります」ロンドン

の警部が言った。

「しかもある意味でよりやっかいな謎だね」ホワイト・メイソンが言い足した。「夫人は

アメリカへいったことは一度もないのです。だのに、アメリカ人の犯人といったいどんな

関係があって、かばってやったりしたのです?」

「難題であることはたしかだね」ホームズが言った。「そこで今晩、ぼくひとりで少し調

べてみたいことがあるんだ。事件の究明に役立つことが何かみつかるかもしれない」

「手をお貸ししましょうか、ホームズさん?」

「いえ、けっこう! 暗闇とワトソン君のかさがあればじゅうぶんだよ。それにあのエイ

ムズが――あの忠実なエイムズなら、きっとぼくのためにひと肌ぬいでくれるはずだ。こ

の事件をどの方向から考えてみても、ぼくはあるひとつの根本的な疑問にぶつからざるを

えないのだ――スポーツマンたる者が、なにゆえ、片方しかない鉄亜鈴などという奇妙な

用具を使って、からだを鍛えるようなことをしたのか?」

 ホームズがその晩、館での単独の調査からもどってきたのは、夜もだいぶふけてから

だった。私たちの泊まっている部屋には寝台がふたつ備えられてあったが、その小さな田

舎旅館のなかでは最上の部屋とのことだった。私はすでに眠りについていたが、ホームズ

がはいってきた気配で、ふと目をさました。

「やあ、きみか、何かわかったかい?」私は小声で言った。

 ホームズは手にローソクをもって、黙ったまま私の枕もとに立ち、やがて、ひょろ長い

からだを私のほうにかがめると、耳もとでささやいた。

「ねえ、ワトソン君、きみは、頭のおかしくなってしまった気ちがいとか、正気をうし

なってしまった白痴とか、そんな男といっしょの部屋に眠るのはいやかい?」

「まったく平気だよ」私はあっけにとられて答えた。

「やあ、そいつはありがたい」それがその晩、ホームズの口からもれた最後の言葉だっ

た。


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09/30 13:16