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第一部 第七章 解決(3)
日期:2024-01-11 16:54  点击:243

 寒い夜空の下で、じっと見張っていると、私たちもまたマクドナルドのように待ちくた

びれていらいらしてきた。古い屋敷の陰気な長い正面がしだいに夜の闇に沈んでいった。

堀からたちのぼる湿った冷気で体のしんまで冷えきって、私たちは歯をがたがたふるわせ

た。門のところにランプのあかりがひとつみえ、惨劇の舞台となった書斎にもあかあかと

燈 ひ がともされていた。そのほかはまっ暗で、しいんと静まりかえっている。

「いったいいつまでこうしているんです?」警部が不意にたずねた。「そもそも何を見

張っているんです?」

「どのくらいかかるか、ぼくにも見当がつかない」ホームズが無愛想に答えた。「悪人ど

もがいつも列車に時間どおりに行動してくれたら、こっちとしてもそりゃ大助かりなんだ

が。で、何を見張っているかというと――おや、あれ ヽヽ だよ、ぼくたちの見張っているの

は」

 ホームズがそう言ったとき、書斎の黄色く輝いていたあかりが急にかげり、窓のところ

を誰かがいったりきたりしている気配がした。私たちが身を潜めている月桂樹のやぶは、

窓の正面にあたり、百フィートとは離れていなかった。やがて蝶番 ちょうつがい のきしむ音がして

窓があけはなたれ、外の暗闇をのぞきこんでいるひとりの男の頭と肩が、黒いシルエット

となってぼんやりうかびあがった。数分の間、男は人にみられていないことをたしかめる

ように、あたりをこそこそうかがっていたが、ふと窓から身をのりだすようにしたかと思

うと、しいんと静まりかえった中で、水がぴちゃぴちゃとはねる音がかすかにきこえてき

た。手にした棒か何かで、堀の水をかきまわしているらしい。すると突然、まるで魚を釣

りあげる猟師さながら、何かをたぐりあげた――大きな丸い物体で、窓から引きいれられ

る際に、窓のあかりが一瞬かげった。

「いまだ!」ホームズが叫んだ。「急げ!」

 私たちは一斉にたちあがると、寒さでかじかんだ手足をひきずって、よろよろとホーム

ズのあとにつづいた。ホームズは、ときとしてみせる、あの精力をみなぎらせた力強い敏

しょう性をここぞとばかり発揮して、すばやく橋をわたると、玄関のベルを鳴りひびかせ

た。中からかんぬきをはずす音がして、エイムズのびっくりした顔が現われた。ホームズ

は何もいわずに彼を押しのけ、私たちをしたがえながら、いま私たちが目撃した男のいる

部屋へと駆けこんだ。

 私たちが外からながめていたあかりは、テーブルの上の石油ランプだった。セシル・

バーカーは、それを手にして、はいってきた私たちのほうへ向けた。ひげをきれいにそり

あげた顔には不屈の闘志をみなぎらせ、ランプの光をあびながら、いどむようなまなざし

で私たちをみつめている。

「一体全体、これはどういうことです?」彼は叫んだ。「何の用があって、こんな?」

 ホームズはあたりをすばやくみまわし、書斎机の下に押しこんであった、ひもで結 ゆわ え

てあるずぶぬれの包みにとびついた。

「これに用があったのです、バーカーさん。あなたがたったいま堀の底からひきあげたば

かりの、この鉄亜鈴の重 おも しのついた包みにです」

 バーカーは、あ然として、ホームズの顔をまじまじとみつめた。

「いったいどうしてそんなことがわかったのです?」彼がたずねた。

「なあに、このぼくがあそこに沈めておいたからですよ」

「あなたが沈めておいた! あなたが!」

「沈めなおしておいた、といったほうが正確かもしれません」ホームズが言った。「きみ

は覚えているだろうけど、マクドナルド警部、ぼくは、鉄亜鈴の片方が欠けていることが

なぜか気になってしかたがなかったのだ。きみの注意をそこに向けようとはしたのだが、

きみはほかのことに気をとられていて、じっくり考えてみようともせず、結局、それから

何も思いつかなかったわけだ。水辺の近くで重いものがなくなっているとなれば、何か水

中に沈められたものがあると考えても、それほどこじつけとは思えない。となれば、少な

くとも試してみるだけの価値はあるわけで、そこで、エイムズにたのんでこの部屋にいれ

てもらい、ワトソン博士のこうもりがさを使って堀をさぐってみたところ、柄の曲がった

ところにこの包みがひっかかったので、早速ひきあげて中身を調べてみたのだ。しかし、

何よりも重要なのは、むしろ、これを沈めた者をつきとめることだった。そのためにわざ

わざ、明日堀の水を干すなどという、うその通告を仕かけてみたのだ。もちろん、包みを

沈めた者がこれを知って、暗くなりしだいそれをひきあげにかかるにちがいないとにらん

だからだ。そしてこの試みはまんまと成功した。暗闇に乗じてひきあげた者の正体は、少

なくとも四人の人間の目がしかとみとどけている。だから、バーカーさん、こんどはあな

たのお言葉をおききしたいものですね」

 シャーロック・ホームズは、ずぶぬれの包みをテーブルの上のランプのそばに置いて、

ひもをほどきにかかった。そしてなかから鉄亜鈴をとりだすと、部屋のすみにある相棒の

鉄亜鈴のほうへごろりと転がした。つぎに一足のくつをとりだすと、「ごらんのとおり、

アメリカ製だよ」といって、くつ底を指さした。それから、さやにおさまった長い不気味

なナイフをとりだして、テーブルの上に置いた。最後に、衣類の包みをほどいて、中身を

ひろげてみせた。下着、くつ下、グレイのツイードの背広、丈の短い黄色のオーバー、と

上から下まですっかりそろっていた。

「ありふれた衣類だけど、ただオーバーだけは並みのものではない」ホームズはオーバー

をそっとあかりのほうにかざし、ほっそりした指でいじってみせながら、「ここをごらん

なさい。内ポケットをぬい直してひろげ、短く切りつめた猟銃がすっぽりはいるようにし

てある。襟 えり 首の裏に仕立て屋の名前がぬいつけてあり――USA、ヴァーミッサ、ニー

ル服店とある。ぼくは、午後のひとときを牧師館の図書室で有益にすごさせてもらった

が、またひとつ新しい知識を得ることができた。ヴァーミッサというのは、アメリカでも

有数の石炭や鉄鉱の産地として知られる谷の奥に栄える小さな町だとのことだ。そこで思

いだしたのだけど、バーカーさん、あなたはたしか、ダグラス氏の先妻は炭鉱地帯に関係

があったというようなことをおっしゃってましたね。してみると、死体のそばに落ちてい

た紙きれに書かれていた V. V. という文字は、もしかしたらヴァーミッサ谷(Vermissa

Valley)のことで、この谷こそ、殺し屋をはるばるよこしてきた谷であり、すなわち、いつ

か耳にしたあの恐怖の谷のことだと推測したとしても、あながちこじつけとはいえますま

い。ここまではかなりはっきりしていると思うのだが、さて、バーカーさん、どうやらあ

なたのお話のじゃまをしていたらしいですね。さあ、どうぞ」

 偉大な探偵のこの説明をきいている間のセシル・バーカーの顔の表情こそ、まさに見も

のだった。怒りと驚きと狼狽とためらいとが、かわるがわる現われては消えたのである。

ついに彼は、苦しまぎれにやや毒のある皮肉をいった。


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09/30 11:34