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第二部 第八章 その男(3)_恐怖の谷(恐怖谷)_福尔摩斯探案集_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3337

 この新来者の豪胆なふるまいに対して、坑夫たちの間で、共感と賞賛のささやきが起

こった。ふたりの警官は、肩をすくめたきり、ふたたび自分たちだけで話をはじめた。数

分後、汽車がうす暗い駅につくと、乗客のほとんどが下車した。ヴァーミッサは、この沿

線で最大の町だったからである。マクマードが革の手さげかばんをもって暗闇のなかへ足

を踏みだそうとすると、坑夫のひとりが近よってきて声をかけた。

「よう、兄弟、おめえのポリ公への口のききようは、みあげたもんだぜ」男はすっかり感

心したような口調でいった。「きいてて胸がすっとしたぜ。さあ、そのかばんをこっちへ

かしねえ、案内してやろう。シャフターの家ならおれの帰りみちだからな」

 ふたりが並んで停車場から歩きだすと、ほかの坑夫たちが一斉に「あばよ」と親しげに

声をかけた。ヴァーミッサの地にまだ一歩も足を踏みいれないうちから、無頼漢のマク

マードは土地の人気者になってしまっていたのである。

 谷間の光景も恐ろしいものだったが、町は町なりに、それに輪をかけたように陰惨なも

のだった。長い谷あいに沿って立ちのぼる巨大な炎やどす黒い煙には、陰鬱 いんうつ とはいえ少

なくともある種の荘厳さが感じられたし、ばかでかい穴のそばにうず高く積みあげられた

ぼた ヽヽ 山には、人間の血と汗の結晶がにじみでていなくもなかった。

 それにひきかえ、町の中は、不潔さと醜悪さのいきつく果ての姿を呈していた。広い街

路はいきかう馬車で雪がかきまぜられ、いたるところに轍 わだち がついて、泥だらけのぬかる

みと化している。歩道はせまくてでこぼこだらけだった。おびただしい数のガス燈は、通

りにヴェランダを向けてずらりと立ち並んでいる木造家屋のうす汚れたむさくるしい姿を

いっそうあらわにするだけだった。やがてふたりが町の中心部に近づくと、照明に明るく

輝く商店が軒をつらね、それにもまして酒場や賭博場が群れをなしていて、街はしだいに

明るくなってきた。坑夫たちは、せっかく苦労してかせいだたくさんのお金を、そういっ

た場所ですっかり使い果たしてしまうのである。

「あれがユニオン・ハウスだ」案内の男は、ホテルと見まちがうばかりにでんと構えてい

る酒場を指さしていった。「ジャック・マギンティがあそこの親分さ」

「どんな男なんだい?」マクマードがたずねた。

「どんなって! おまえさん、親分のうわさをきいたことねえのかい?」

「おれがこの土地が初めてだとわかっていながらどうしてそんなこときくんだい? 知る

わけないだろう」

「なに、組織を通じて名前が知れわたっているかと思ったまでよ。新聞にもしょっちゅう

名前がでているしな」

「何でだ?」

「そりゃ」――坑夫は声をひそめて――「事件のことでよ」

「どんな事件だ?」

「へえっ、こういっちゃなんだが、おめえさんもおかしな野郎だぜ。ここいらで事件とい

や、きまってらあな。スコウラーズの事件よ」

「ふむ、スコウラーズといや、シカゴにいたとき何かで読んだ気がするな。殺し屋の一団

じゃなかったかい?」

「しっ、気をつけてものいえよ!」坑夫はびっくりして立ちどまり、連れの顔をまじまじ

とみつめた。「おい、街ん中でうっかりそんなことを口にしようもんなら、この辺じゃ、

いくら命があってもたりねえぜ。もっとささいなことで命をおとした連中がいくらでもい

るんだからな」

「なに、おれは何も知っちゃあいないよ。何かに書いてあったことをいったまでさ」

「なにもおめえの読んだことがまちがっているといってはいねえがよ」男はそういいなが

ら心配そうにあたりを見まわし、えたいのしれぬ危険がひそんでいやしないかと恐れでも

するように暗がりをのぞきこんだ。「人をばらすのが殺しなら、この土地にゃ殺しはうん

ざりするほどあるさ。だがよ、新入り、そいつをジャック・マギンティの名前とむすびつ

けてしゃべるのだけはよしたほうがいいぜ。どんな陰口も本人にはつつぬけときてるし、

そのままきき流すなんてことはぜったいしねえ男だからな。ほら、あれがおめえのさがし

ている家だ――通りからひっこんで建っているやつさ。おやじのジェイコブ・シャフター

ほどの正直者は、この町にゃちょっといねえぜ」

「ありがとうよ」マクマードは、案内してくれた知りあったばかりの男と握手をかわす

と、かばんを手にして下宿屋へ通ずる路地をはいってゆき、入口のドアを大きくたたい

た。ドアはすぐあけられたが、中からあらわれたのは思いもかけない人物だった。

 若くて、たいそう美しい女だったのである。スウェーデン系らしく、色白で金髪だった

が、それだけにいっそう、黒いひとみが美しくきわだってみえた。その黒いひとみで彼女

はさもびっくりしたように見知らぬ男をながめ、きまり悪そうに青白いほおをぽっとそめ

た。それがまたじつにいじらしい。あけはなった戸口に明るい光を背にして立っている彼

女の姿は、マクマードの目にはいまだかつてみたことにないほど美しい絵のようにうつ

り、あたりの情景がむさくるしく陰鬱なだけに、その美しさがなおいっそうひきたってみ

えるのだった。鉱山のどす黒いぼた ヽヽ 山に咲いた一輪の美しいすみれの花だって、これほ

どあざやかにみえたことはあるまい。彼はあまりの美しさに口をきくのも忘れ、うっとり

としてつっ立っているばかりで、沈黙をやぶったのはむしろ彼女のほうだった。

「父かと思いましたわ」スウェーデンなまりを心地よくかすかにひびかせながらいった。

「父に会いにいらしたんでしょう? いま町にいってますの。でも、もうまもなく帰って

くるはずですわ」

 マクマードがなおもほれぼれと見とれているので、彼女は勢いにのまれてしまい、もじ

もじして目を伏せた。

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