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第二部 第九章 支部長(4)
日期:2024-01-11 17:05  点击:279

「おめえを片づけるのに、なにもわざわざ手を汚すほどのこともないさ。そのうち、この

家に足を踏み入れるんじゃなかったってことをいやというほど思い知らせてやるぜ。もっ

とも後悔したってあとの祭りだがな」

「いますぐけりをつけてしまおうぜ」マクマードが叫んだ。

「おれにも都合ってものがあるぜ、あんた。いつにするかはおれにまかせてもらおうか。

ほら見ろ!」男はいきなりそでをまくりあげ、二の腕の奇妙なしるしをみせた。丸の中に

三角が描かれた焼印らしきものである。「これが何だかわかるか?」

「知りもしないし知りたくもないぜ!」

「なに、いまにわかるさ。そのうちきっとな。どうせ長い命じゃねえだろうがな。たぶん

エティにききゃ、ちっとはわかるだろうよ。ところでエティ、おめえにはいずれひざをつ

いてあやまってもらうぜ。きいているのか、おい? ひざをついてだぜ! そのとき

にゃ、おめえのうける罰がどんなものだか思い知らせてやるぜ。おめえのまいた種だ――

だからよ、おめえの手で刈りとってもらおうじゃねえか!」男は怒り狂った表情でふたり

をにらみつけた。それからくるりと背を向けたかと思うと、あっという間に出てゆき、表

のドアがばたんとしまる音がきこえた。

 しばらくの間、マクマードと娘は黙ったままつっ立っていた。そのうちいきなり、娘は

彼のからだにしがみついてきた。

「まあ、ジャック、すばらしかったわ! でも、だめだわ――あなた逃げなきゃ! 今晩

――ジャック、今晩中によ! それしか助かる道はないわ。あの人はきっとあなたの命を

ねらうわよ。あのすごい目つきをみればわかるわ。あの人たちが十人あまりも相手では、

いくらあなただって勝てるみこみがあるわけないでしょ? うしろにはマギンティ親分が

ひかえてるし、支部全体を敵にまわすことになるのよ」

 マクマードは彼女の腕をほどいて、キスをし、やさしく椅子にすわらせた。

「さあ、おまえ、しっかりしろ! おれのために心配したりこわがったりすることはない

んだ。じつはこのおれだって『自由民団』の人間なんだよ。そのことをさっきおやじさん

に話したばかりだ。おれにかぎって連中よりはましだなんてはずはないんだから、おれを

聖人あつかいするのはよしてくれ。ここまでいってしまえば、おれのこともきらいになっ

たろうな」

「あなたをきらうなんて、ジャック! そんなこと死ぬまでありっこないわ。『自由民

団』の人が悪いことをするのはここだけの話だときいているわ。だからあなたが団員だと

知ったからといって、なぜきらいになる必要があるの? でもジャック、あなたも団員だ

というのなら、どうしてマギンティ親分のところへいって仲よくしておかないのよ? ね

え急いで、ジャック、急いだほうがいいわ! 先手をうっておかないと、手下の犬どもに

つけねらわれるわ」

「おれも同じことを考えていたんだ。いまからすぐいって、話をつけてくるよ。おやじさ

んには、今晩はここで泊まるが、あすの朝にはどこかほかへ移るつもりだといっといてく

れ」

 マギンティの酒場はいつものようににぎわっていた。町の荒くれ者たちのお気に入りの

社交場になっていたからである。この男がみんなに人気があったのは、荒っぽくて陽気な

性質の持主だったからであり、それがまたひとつの仮面をともなって、内に潜むほかのも

ろもろの性質をおおい隠していたからだった。しかし、そういった人気をべつにしても、

町中を、いやそれどころか三十マイルにわたるこの谷一帯、さらには谷をはさむ山々にい

たるまでをも支配している彼の恐ろしさだけでも、酒場をにぎわすにはじゅうぶんだっ

た。この男のもてなしにそっぽを向くことなど、誰ひとりとしてできはしなかったからで

ある。

 こうした隠然たる勢力をふるうに際してこの男は情け容赦もしないと広く世間では信じ

られていたが、さらにまた、彼は高級役人の地位にもあり、市会議員をつとめ、道路委員

にも任ぜられていた。いずれも、恩恵にあずかろうとする悪党どもの票によって選ばれた

ものだった。地方税と国税はやけに高く、そのくせ役所の仕事はあきれるほどなおざりに

されていて、検査官が買収されているので会計もでたらめ、善良な市民は、公然と金をま

きあげられても、後難をおそれて泣き寝入りするしまつだった。こうしてマギンティ親分

のダイヤモンドのピンは年ごとに大きくなり、ますます華麗さをますチョッキには金の鎖

がこれまたますます重くたれさがり、酒場は拡張を重ねて、ついにはマーケット・スクエ

アの片がわを独占せんばかりの勢いになっている。

 マクマードは酒場の自在戸を押しあけると、中に群がる男たちをかき分け、煙草の煙と

酒のにおいがむっと立ちこめる中を突きすすんでいった。店の中は照明があかあかととも

され、あたり一面の壁にはめこまれた仰々しい金枠のばかでかい鏡がそれを反射しあっ

て、あたりのけばけばしさをいっそうどぎついものにしている。上着をぬいでワイシャツ

一枚になったバーテンダーが五、六人、厚い金属でおおわれた幅の広いカウンターをとり

まく客たちに、酒をせっせとつくってやっている。いちばん奥に、葉巻を口の端で極端に

斜めにくわえ、カウンターに寄りかかるようにして、背の高いがっしりとしたたくましい

からだつきの男がつっ立っていたが、この男こそ、どうみてもあの有名なマギンティその

人にちがいなかった。

 まっ黒な髪の毛の巨漢で、あごひげをほお骨のあたりまではやし、ぼさぼさの黒髪は襟

もとにまでたっしている。顔色はイタリア人のように浅黒く、目は奇妙なまでに黒くどろ

んとしていて、少々やぶにらみのせいもあってか、見るからに気味が悪い。そういった点

をのぞけば、堂々としたからだつきといい、りっぱな顔だちといい、あけっぴろげなふる

まいといい、彼の好んでよそおう陽気で率直な態度とぴったりあっていた。だから、この

男は正直で飾り気がなく、言葉づかいこそ荒っぽいが根は悪くないんだ、という人間がい

てもおかしくはなかった。そういう人間は、あの残忍でずるそうな、どろんとした黒目で

じろっとにらまれてはじめて、自分がいま面と向かいあっている男がじつは悪の無限の可

能性を内に秘めていて、しかも力と勇気と狡智をかねそなえているためにいざとなれば途

方もなく恐ろしいことをやってのけることのできる男なのだ、ということに気づいて思わ

ずぞっとするのである。

 この男をじっくり観察してから、マクマードはいつもの無頓着なずぶとさを発揮して人

を押しわけてすすみ、恐ろしい親分にへつらいながら親分のちょっとした冗談にもさも面

白そうに笑いころげているとりまき連中の小さな群れを押しのけて、前へ出た。そして眼

鏡の奥の灰色の目に不敵な光をうかべて、彼をじろっとにらみつけたまっ黒な目を、少し

もひるむことなくにらみ返した。


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09/30 11:22