大和平定
ニギハヤヒの帰順によって確定したイハレビコの大和平定
◆東征最後の戦いは勇ましい歌で表わされる
八十建を壊滅させたあと、イハレビコの兄イツセを殺害した宿敵ナガスネヒコ(トミビ
コ)を討とうとした戦いの様子や、土蜘蛛のエシキ、オトシキ兄弟などを討ち取った戦い
の様子が久米歌で伝えられる。
ナガスネヒコを討とうとした際に歌われた久米歌のひとつが、
みつみつし 久米の子らが 粟あは生ふには かみら一ひと本もと
そ根がもと そ根芽つなぎて 撃ちてし止やまむ
である。この最後に登場する「撃ちてし止まむ」の一節は、太平洋戦争下、戦意高揚を
促す標語としても用いられている。
まつろわぬ者どもを次々と平定したイハレビコの前に、臣従を望んで馳せ参じる者も現
われてきた。そのひとり、ニギハヤヒは天の御子が天降ったと聞いてあとを追ってきたと
言い、天つ神の子である証あかしの宝物を献上した。このニギハヤヒはナガスネヒコの妹
トミヤビメを娶めとっており、ふたりの間に生まれたウマシマジは物もの部のべ氏らの先
祖となっている。
ところが『日本書紀』ではこのあたりの記述が異なっている。イハレビコの兄の仇かた
き、ナガスネヒコとの戦闘とその末路が詳しく述べられているほか、ニギハヤヒはすでに
天孫降臨していた神として登場するのである。それは次のような内容だ。
イハレビコが大和に入ると、ナガスネヒコが再び抵抗してきた。激しい戦闘が繰り広げ
られたが、金色の鳶とびがイハレビコの弓の先に止まり、閃光を放った。そのためナガス
ネヒコらは目が眩くらみ、敗退する。
だがイハレビコはそのナガスネヒコから意外な事実を告げられる。実はこの地にはすで
にニギハヤヒという天つ神の御子が降臨しており、ここを支配しているというのだ。ニギ
ハヤヒに仕えるというナガスネヒコが天孫の印である天あめの羽は羽は矢やなどの神かむ
宝たからを見せると、イハレビコも納得せざるを得なかった。そこでイハレビコも、自分
も天つ神の御子であることを示すが、ナガスネヒコは抵抗をやめようとしない。そのため
ナガスネヒコはニギハヤヒによって成せい敗ばいされてしまうのだ。ほどなくニギハヤヒ
も部下たちを率いてイハレビコのもとに現われ、帰順を誓った。『日本書紀』ではこうし
て天下平定がなるのである。
こうして大和周辺の荒ぶる神々を服従させたイハレビコは、大和の畝うね火びの白か檮
し原はら(橿原)宮において天下を治めることとなった。初代天皇・神武天皇の誕生であ
る。