トキジクノカクの木の実
不老不死の仙薬を求める天皇により常世国へと派遣された家臣
◆タヂマモリは天皇の側に眠る
数あま多たの英雄たちが最後に求めたのが不老不死の仙薬である。秦しんの始し皇こう
帝ていがその仙薬を求めて数千人の使者を遣わしたという話が世に有名である。
この神仙思想を反映してか、イクメイリビコもタヂマモリを理想郷と伝えられる常世国
に遣わして、トキジクノカクの木の実を探させた。これは長く香る、または輝く木の実の
ことで、この実を食べると不死の体を手に入れられるという。
だが、タヂマモリがようやくそれを手に入れて帰ってみると、天皇はすでに崩御してい
た。『古事記』では何も記さないが、『日本書紀』ではタヂマモリが旅に出ていた期間を
十年と記している。
タヂマモリの絶望はいかばかりだったか。彼は、持ち帰った木の実の半分を皇后に捧げ
た。そしてもう半分を天皇の陵みささぎに捧げ、「この木の実を持って天皇のもとに参上
いたします」と絶叫しながら慟どう哭こくの果てに亡くなったという。『日本書紀』では
「自ら死せり」とあるから、自害したのかもしれない。不老不死の薬の獲得を命じた人
も、それを持ち帰った人も亡くなってしまったのは皮肉といえよう。
この木の実は橘たちばなのことといわれるが、橘は唯一の日本原産の柑かん橘きつ類で
ある。タチバナのタチは神霊の意とされ、トキジクは永遠の意があるという。この永遠の
意は橘の実というよりは、常緑樹である葉の様子を表わしたものだろう。実際、常緑樹は
神秘的な力を宿しているとみなされていたようだ。ただし、このトキジクノカクの木の実
に関しては異説もある。実際は橘ではなくみかんのことを指しているという説もある。三
輪山の山すそには、その後裔といわれるみかん畑も残されているという。また、奈良市に
ある垂仁天皇陵には陪ばい塚づかがあり、陵の濠ほりの南東部に浮かぶ小島がタヂマモリ
の墓とされている。