「私の意見としては」議長のそばにすわっている秘書のハラウェイがいった。しらがまじ
りのあごひげをはやし、はげたかのような顔をした老人である。「同志マクマードはしば
らくおとなしくしていたほうがいいだろう。そのうち大いに働いてもらうときがくる。な
にもあせる必要はない」
「もちろん、おっしゃるとおりです。すべておまかせしますよ」マクマードがいった。
「おまえの出番はいずれ必ずまわってくるさ、兄弟」議長がいった。
「とにかく、やる気じゅうぶんであることだけはよくわかった。この土地でもそのうち
りっぱな仕事をしてくれるものと信じている。ところで今晩ちょっとした仕事があるんだ
が、よかったらそいつを手伝ってみないか?」
「やりがいのあることなら、喜んで」
「じゃとにかく、今晩手を貸してくれ。そうすりゃ、この土地でのおれたちの仕事ぶりも
よくわかるはずだ。この件についてはまたあとでふれるとして、さてと」彼は協議事項の
書類に目をやって、「もう二、三会議にはかっておきたいことがある。まず会計係のほう
から銀行預金の残高を報告してもらいたい。死んだジム・カーナウェイの女房に扶助料を
出してやらなきゃならん。ジムはいってみれば殉職したわけだから、女房が不自由な思い
をしないようわれわれが面倒をみてやらんとな」
「ジムは先日、仲間と組んでマーリイ・クリークのチェスター・ウィルコックスを殺そう
として、逆に撃たれちまったんだよ」となりにいた男がマクマードに教えてくれた。
「目下のところ財政状態は良好です」会計係は預金通帳をまえにひろげていった。「最
近、各会社とも金の出しっぷりがよくなっています。マックス・リンダ会社は、干渉しな
いでくれるならと、五百ドルぽんとさしだしました。ウォーカー兄弟社は百ドルよこして
きましたが、これは私の一存でつっかえし、五百ドル出せといってやりました。水曜日ま
でに回答がなければ、やつらの巻き揚げ機をぶっこわしてやります。あそこはものわかり
の悪い連中で、去年も手こずらせやがったので砕炭機に火をつけてやったほどです。それ
から西部地区石炭産業が今年度の寄付金をよこしてきました。したがって、いま手元には
どんな出費にもじゅうぶん応じられるだけの金があります」
「アーチー・スウィンドンのほうはその後どうなった?」
「炭坑を売り払ってこの土地を出ていきましたよ。あの老いぼれ野郎、逃げる際に、こん
なところで恐喝屋の一味にびくびくしながら大きな鉱山 やま をもっているくらいならニュー
ヨークへでも行ってのびのびと道路掃除夫でもやったほうがましだ、なんて捨てぜりふを
手紙に残していきました。いまいましい! その手紙がこっちの手にとどいたときは、も
うまんまと逃げられてしまったあとだったんで! これであいつはもう二度とこの谷には
顔をみせられやしねえ」
ひげをきれいにそりあげ、額の広いやさしそうな顔をした年配の男が、議長と向かい
あったテーブルのはしから立ちあがった。
「会計係さん、ちょっとおたずねしたいのだが、われわれが追い出してしまったこの男の
鉱山を買いとったのは誰ですか?」
「ではお答えします、同志モリス。買ったのはステイト・アンド・マートン・カウンティ
鉄道会社です」
「では昨年やはり同じような理由で売りに出されたトドマンとリーの鉱山を買ったの
は?」
「これも同じ会社です。同志モリス」
「じゃどれもつい最近手ばなされたばかりの、マンソン、シューマン、ヴァン・デーア、
アトウッドなどの製鉄所は?」
「すべてウエスト・ウィルマートン鉱業会社が一手に引き受けました」
「同志モリス」議長がいった。「誰が買ったってちっともかまわないじゃないか。どうせ
この土地からもちだせやしないんだから」
「支部長、生意気なことをいうようですが、われわれにとってこれは笑いごとではすまさ
れない問題だと思います。この十年間というもの、こういったことが繰り返し行われてき
ました。この調子でいくと、いずれわれわれは小さな業者たちをひとり残らずこの土地の
業界から追いだしてしまうことになりかねません。その結果はどういうことになりつつあ
るでしょう? 彼らにかわって現われたのが、鉄道とかゼネラル製鉄とかいった大会社で
す。でもそれらの重役連中はニューヨークとかフィラデルフィアにいるので、われわれが
おどしたって会社はびくともしません。下っぱの地方幹部からしぼりとるにしても、
ちょっとおどすとすぐ逃げ出してしまい、新しいやつにとってかわられるだけです。それ
どころか、へたするとわれわれは自ら墓穴を掘ることになりかねません。小さな業者なら
害にはちっともなりませんでした。金も力もないわけですから、よっぽどこっぴどくしぼ
りとらないかぎり、こっちのいうことをきいてくれたものです。ところがこういった大会
社となると、われわれが会社の利益の邪魔になるとみれば、費用と労力を惜しまず何とか
してわれわれを法廷へひきずり出そうとするでしょう」
この不吉な言葉に一同はしいんと静まりかえり、重苦しい気分につつまれてたがいに浮
かぬ顔を見あわせた。いままでおよそ敵らしい敵に出会ったことがなく、したい放題のこ
とをしてきたものだから、そもそも報復などというものがありえようとは、夢にも思わな
くなってしまっていたのである。それでもこのモリスの意見には、連中のなかでも最もず
ぶとい神経の持主ですら、思わずぞっとしたのだった。
「ですから私の意見としては」発言者はつづけた。「小さな業者にあまり負担をかけすぎ
ないようにすべきです。連中をひとり残らず追い立ててしまった日には、当支部の力もま
た潰 つい え去ってしまうでしょう」
不愉快な真実はとかく嫌われる。発言者が席につくと、怒号があちこちに起こった。マ
ギンティは苦い顔をして立ちあがった。
「同志モリス、きみはいつも弱音ばかり吐いている。この支部の者が一致団結して事にあ
たれば、アメリカ広しといえどもわれわれに手を出せるものはいない。そのことはいまま
でに法廷でも何度となくみてきたことじゃないか。大会社にしたって、争うよりは金を
払ったほうが手っ取り早いって思うにきまってるさ。ちっぽけな会社と変わりはねえよ。
さてでは、諸君」マギンティは黒ビロードの帽子と祭服をぬぎすてながら、「今晩の用件
はこれですんだ。まだひとつだけちょっとした問題が残っているが、それは別れしなに述
べることにする。では親睦会にうつって元気づけに仲よく一杯やろう」
人間性とはまったく奇妙なものである。ここに集まった連中は、人殺しなんか慣れっこ
で、一家の主 あるじ たる者を何人となく殺し、ときには個人的に何のうらみもない者まで殺し
ておきながら、しかもあとに残され泣く妻やよるべない子供たちをみても後悔や憐憫にい
ささかも心動かされることのない男たちなのだが、それでいて甘く悲しい音楽をきくと、
ついほろりとしてしまうのだった。マクマードは美しいテナーの持主で、もしかりに彼が
支部の不評を買っていたとしても、今夜『メアリよ、私は踏み段に腰かけて』とか『アラ
ンの岸辺にて』でみんなをうっとりさせてしまうだけで、そういった不評をふっとばすに
はじゅうぶんだったはずである。事実、まさにこの最初の一夜にしてこの新団員は一躍仲
間の人気者になり、有力な幹部候補に目せられることになった。もっとも「自由民団」で
頭角をあらわすには、たんに人気があるだけではじゅうぶんではなく、ほかの素質も必要
としたが、その晩のうちに彼はその素質をも備えていることを示したのである。