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第二部 第十一章 恐怖の谷(1)
日期:2024-01-18 16:54  点击:271

第十一章 恐怖の谷

 翌朝目をさますと、マクマードは昨夜の入団式のことを思い出さずにはいられなかっ

た。酒のせいで頭はずきずきするし、焼印をおされた腕ははれあがってひりひり痛んだか

らである。秘密の収入源があるので、勤めのほうは出たり出なかったりだったから、その

朝もおそい朝食をすますと、午前中は部屋にこもって友人に長い手紙を書いた。それから

『日刊ヘラルド』に目を通した。締め切りまぎわに組みこまれた特別欄をみると、『ヘラ

ルド社襲撃さる。編集長は重傷』という見出しが目にはいった。記事の書き手よりも彼自

身のほうがよく知っている事実のあらましを簡潔に報じた記事だった。つぎのような声明

で結ばれていた。

 この事件は現在警察の手に移っているが、従来同様、あまり好ましい成果は期待できな

い。犯人たちの一部の割り出しはすでにすんでおり、有罪の判決をくだせる見込みもなき

にしもあらず。このたびの襲撃の背後にひかえているものは、いうまでもなく長期にわ

たってこの地域を支配しているかの悪名高き結社であって、わがヘラルド紙が断固たる攻

撃の姿勢を貫いたため、こんどのような暴挙におよんだものである。スタンガー氏は残忍

きわまりない殴打を浴び、頭部に重傷を負ったものの、生命に別条はないとのこと、氏を

知る多くの友にとって何よりの朗報である。

 なお、その下に、ウィンチェスター銃で武装した鉱山警察が社の警戒にあたっている、

と付記してあった。

 マクマードは新聞を下におき、二日酔いのためにふるえる手でパイプに火をつけようと

していると、ドアをノックする音がきこえ、下宿の女主人がはいってきて、たったいまど

こかの男の子から受けとったばかりだという手紙を彼にわたした。差し出し人の名はな

く、こう記されていた。

 お話したいことがあるのだが、きみの下宿ではどうも具合がわるい。ミラー丘の旗ざお

の下までご足労願いたい。いまからすぐ出向いてくだされば、ありがたい。きみにぜひき

いてもらいたい重要なことです。

 マクマードはびっくり仰天して、その手紙を二度も読みかえした。何のことかさっぱり

見当がつかなかったし、差し出し人もまったく心当たりがなかったからである。これがも

し女の筆跡ででもあったなら、過去に何度となく経験した恋の冒険のはじまりだくらいに

思ったかもしれない。だがこれはあきらかに男の筆跡だったし、しかも相当に教育のある

男のものだった。少しためらったあげく、ついに彼は会ってたしかめることにきめた。

 ミラー丘というのは、町のちょうど中心にある荒れはてた公園である。夏場は行楽客で

にぎわうものの、冬になると人気 ひとけ がまったくなくなってしまう。丘の頂上からながめる

と、うす汚いごみごみした町並みが一望のうちに収められるばかりでなく、くねくねと曲

がる谷の光景が眼下にひろがり、谷ぞいの雪の中に黒々と点在する鉱山とか工場や、さら

には、谷をはさんでそびえる、森におおわれ雪をいただいた山脈までがひと目でみわたす

ことができる。マクマードはときわ木の垣根にはさまれた小道をゆっくりと登ってゆき、

夏場ならにぎわいの中心となるものの、いまはまったく人気のないレストランにたどりつ

いた。そのそばに旗ざおが一本、旗もつけずに立っていて、その下にひとりの男が、帽子

をまぶかにかぶり、オーバーのえりを立ててつっ立っていた。こちらへふり向いた顔をみ

ると、昨夜支部長の怒りをかった同志モリスだった。ふたりは歩み寄ると、さっそく支部

の合図をかわした。

「きみにちょっと話しておきたいことがあったのでね、マクマード君」年上の男は、きわ

どい立場にたっているらしく、ためらいがちに切りだした。「よくきてくれました」

「なぜ手紙にあんたの名前を書かなかったんだい?」

「そりゃきみ、やはり用心するにこしたことはないからね。このごろは、どんなことでは

ね返りがくるかわかったもんじゃない。誰を信じていいやら、さっぱり見当がつかないん

だから」

「支部の同志なら信頼できるはずだが?」

「いや、いや、必ずしもそうではない」モリスは語気を強めた。「われわれが口にするこ

とはどんなことでも、いやへたをすると腹の中で考えていることまで、あのマギンティっ

て男につつぬけらしいんだ」

「ちょっと待った」マクマードはきびしい口調で、「あんたもよく知ってのとおり、おれ

はついゆうべ、支部長に忠誠を誓ったばかりなんだぜ。それでもうおれにその誓いを破

れっていうのかい?」

「きみがそう考えるのなら」モリスは悲しげに、「私としては、こんなところへわざわざ

呼び出してすまなかったとあやまるしかない。それにしても、自由であるはずのふたりの

市民がたがいに思っていることをいえないなんて、こまったことになったもんだ」

 相手の様子をじっとみまもっていたマクマードは、いくらか態度をやわらげた。

「なに、自分にいいきかせたまでさ。このとおり新前だから、わからないことだらけで

ね。おれのほうからは何も話すことはないが、モリスさん、あんたのほうでおれに何か話

したいっていうのなら、ここできいてやるよ」

「で、マギンティ親分に告げ口するつもりだな」モリスは苦々しげにいった。

「そいつは誤解っていうもんだぜ。おれとしてはたしかに支部に忠誠をつくすつもりだ

し、だからそのことを正直にいったまでで、だからといって、あんたが誰にも内緒でおれ

にうちあけたことをすぐほかの者にもらすような、そんな卑劣な男じゃないつもりだ。お

れの胸にしまってはおくが、そのかわり、あんたのいうことに肩をもったり手を貸したり

する気はないから、そのつもりでいろよ」

「そんなことをしてもらおうなんて気はさらさらないよ。これを話せば私はきみに命綱を

あずけたことになるんだが、きみがいくら悪いったって――もっともゆうべみたかぎりで

は、このままいくときみはとてつもない悪人になりそうだが――やっぱりまだきみは新前

にすぎないんで、ほかの連中ほど良心が麻痺してはいないはずなんだ。そういうわけでき

みと話がしてみたいと思ったわけなんだが」

「で、話というのは何だい?」

「私を裏切ったら天罰がくだると思え!」

「誰にもいわないっていっただろう」

「じゃきくが、きみはシカゴで『自由民団』に入団して慈愛と誠実の誓いをたてたとき、

それがため将来罪を犯すことになろうなんて思ったかね?」

「あれを罪だというのならね」

「罪というのなら、だって!」モリスは興奮のあまり声をふるわせながら叫んだ。「もし

あれを罪でないっていうんなら、きみはまだなにも知っちゃいないのだ。ゆうべきみのお

父さんくらいの年配の老人が白髪から血がしたたり落ちるほどなぐられたのは、あれは罪

ではないのか? あれが罪でないのなら――きみは何というのだ?」

「闘争だという者もいるぜ。二つの階級が全力でぶつかりあい、たがいに死力をつくして

闘うのさ」

「じゃなにかい、きみはシカゴで入団したときから、すでにそんなふうに考えていたのか

い?」

「いや、正直にいうとそうじゃなかったさ」

「私だってフィラデルフィアで入団したときは、そんなことは思いもよらなかったよ。た

んなる共済組合で、仲間のつどいの場にすぎなかったんだ。ところがあるときこの土地の

ことを耳にした――ああ、こんな土地のことを耳にしてさえいなけりゃどんなによかった

ことか! ――で、もうちょっと暮らしをよくしたいと思って、ここへやってきたわけな

んだ。ああ、暮らしをよくしたいと思ったばっかりに! 女房と三人の子供もいっしょに

つれてきた。で、マーケット・スクエアに衣料品店をかまえたんだが、かなり繁昌した

よ。だがいつのまにか私が『自由民団』の団員だといううわさがひろまって、ゆうべのき

みと同じように、むりやりここの支部にはいらされてしまった。二の腕にはちゃんと恥辱

の印がついているし、心にはもっとひどい焼印をおされている。気がついてみれば、極悪

人のいうなりになって罪を重ねていたのだ。ああ、いったいどうすりゃいいんだ? 少し

でもましになるようにと思って何かいうと、すぐゆうべのように謀反 むほん だととられるしま

つだ。といって逃げだすわけにもいかない。全財産を店につぎこんでしまっているもんだ

からね。そうかといって組織から足をあらおうとしたりしたら殺されるのはわかりきって

いるし、そうなりゃ女房や子供だってどうなることやら、ああ、恐ろしい――ほんとうに

恐ろしいことだ!」彼は両手に顔をうずめ、からだをふるわせてすすり泣いた。

 マクマードは肩をすくめた。


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