第十四章 罠
マクマードのいったとおり、彼の住んでいる家はひっそりとした一軒家で、彼らの計画
したような犯罪にはまさにうってつけのところだった。町はずれにあって、街道からはか
なり引っこんだところにたっていた。これが普通の場合だったら、いままでに何度となく
やってきたように、相手を表へ呼びだしてピストルの弾丸 たま をたっぷり撃ちこんでやるだ
けですんだのだが、今回にかぎってそうはいかなかった。相手がどれだけ知っているの
か、どうやって知ったのか、依頼主にはどんなことをすでに報告したのか、などをききだ
しておくことが必要だったからである。もうすでに手おくれで、取りかえしがつかないと
いうこともありうる。もしそうだったとしても、そんな事態をもたらした男に少なくとも
復讐だけはとげることができるのだ。しかしこの探偵もまだたいしたことはつかんでいま
いと、彼らは楽観していた。もし真相に迫っているのだったら、マクマードが教えてやっ
たとかいうつまらない情報をわざわざ電文にして報告するようなことはすまい、というの
が彼らの意見であった。だがこういったことはすべて、本人の口からきけばわかること
だ。いったんつかまえてしまえば、口を割らせることはそうむずかしいことではあるま
い。強情な相手を扱うのは、なにもこんどが初めてのことではないのだから。
マクマードは打ち合わせどおり、ホブソン新地へ出かけていった。この朝はなぜか警察
が彼にとくに目を光らせているようだった。マーヴィン隊長――シカゴでマクマードと顔
なじみだったとかいう男――は停車場で汽車を待っている彼にわざわざ話しかけてきたほ
どだった。だがマクマードは顔をそむけて相手にならなかった。午後、使命をおえて帰っ
てくると、彼はユニオン・ハウスにマギンティを訪ねた。
「やつはくるそうです」彼が報告すると、
「そいつはしめた!」マギンティがいった。この巨漢は上衣をつけず、ゆったりとした
チョッキの胸に紋章をつけた金鎖をきらきらと斜めにたらし、ごわごわしたあごひげのふ
ちに光り輝くダイヤのネクタイピンをのぞかせていた。酒場の主人と政治屋を兼ねている
おかげで、この親分は、権力だけでなく富をも手に入れていたのである。それだけに、前
夜彼のまえに忽然 こつぜん と姿を現して以来、ともすれば眼前にちらついてはなれない牢獄や絞
首台の面影が、なおさら恐ろしいものに思われるのだった。
「やつはすでにかなり知っていると思うか?」彼は心配そうにたずねた。
マクマードは暗い表情で首をふった。
「もうだいぶ前からここへきているんです――少なくとももう六週間にはなるでしょう。
まさかこんなところへ景色を見にきたわけじゃあるまいし、そのあいだじゅうずっと、鉄
道会社から金をもらって仕事をしていたのだとすれば、すでにかなりの成果をあげて、報
告もすませているとみていいと思います」
「支部にはそんな弱い男は一人だっていやしないぜ。みんな筋金入りばかりだ。いやまて
よ、あのモリスのような意気地なしもいるからな。やつならどうかな? もしおれたちを
売ったやつがいるとすれば、きっとあいつにちがいねえ。夕方までに若えもんを二、三人
あいつのところへやって、少し痛い目にあわせてやるとするか。何か吐くかもしれねえか
らな」
「まあ、それも悪くはないでしょうね」マクマードはいった。「しかし正直いって、おれ
はモリスって男がなんとなく好きだから、あの男がひどい目にあうのはかわいそうな気が
しないでもないですがね。支部のことで二、三おれに話しかけてきたことがあって、たし
かにあなたやおれとは必ずしも同じ意見ではないらしいけど、だからといって裏切るよう
な男とは決して思えないですね。といって、べつにあの男をかばってやる気はまったくな
いですがね」
「あの野郎、おれが始末をつけてやる。この一年ずっとやつに目をつけていたんだ」マギ
ンティはいまいましそうにいった。
「あの男のことはあなたにまかせるけど、でも何をするにせよ、あすまで待つべきです
よ。ピンカートンの件が片づくまでは、われわれはおとなしくしていなきゃなりませんか
らね。とにかく今日だけは、警察を刺激するようなことは慎まなくちゃ」
「それもそうだな。それにどうせどこで情報を手に入れたかは、バーディ・エドワーズ本
人の口からききだしてやるぜ。いざとなりゃ、やつの心臓をえぐりだしてもな。罠に気づ
いているようすはなかったか?」
マクマードは笑った。
「なにしろこっちはやつの弱点をつかんでますからね。スコウラーズの手がかりが得られ
るとなりゃ、やつはどこまでもついてきますよ。金ももらいましたよ」札束をとりだして
みせながら、彼はにやりとして、「書類を全部見せてやったら、もっとくれるそうです」
「何の書類だ?」
「なに、そんなものありゃしませんよ。ただ綱領だの規約だの団員名簿だのといったでた
らめを並べておいただけです。やつはとことん調べあげてから引きあげるつもりでいるん
ですよ」
「ふん、ばかな野郎だぜ」マギンティが不気味な声でいった。「で、なぜその書類をもっ
てこなかったのかってききやしなかったか?」
「なんかおれがそんなものをもち歩いているみたいですね。まるで容疑者だ。今日も停車
場ではマーヴィン隊長に話しかけられるしまつだし」
「うん、そのことはきいたよ。この調子じゃ、どうやらおまえの身がやばいことになりそ
うだな。あの隊長さんとやらも、そのうち片づけて古い竪坑にでも放りこんでやるさ。し
かしそれはともかくいまはさしあたって、おまえが今日会ってきたホブソン新地の野郎を
始末してしまわねえことにはな」
マクマードは肩をすくめてみせた。
「うまくやれば、殺したことなんてわかりゃしませんよ。暗くなってからだったら、やつ
が下宿にくるところを人に見られる心配はないし、きたら最後、生きて出られやしないん
だから。議員さん、じゃいいですか、いまからおれの計画をいいますから、あとでみんな
にもしっかりとたたきこんでおいて下さい。まず、みなさん全員、約束の時間に遅れない
ようにきてもらう。いいですね。あの男は十時にきます。やつがドアを三回たたくと、お
れがドアをあけることになっています。そしたらおれがやつのうしろにまわって、ドアを
しめてしまう。それでやつも袋のねずみです」
「ごく簡単なことじゃないか」
「ええ。でもそれからがちょっとやっかいなんです。なにしろ手ごわい相手ですからね。
武器だってちゃんともってますし、うまくだましてはおきましたが、油断するようなやつ
じゃないですからね。おれしかいないと思っていたところが、部屋に案内されてみるとそ
こに七人もいたんでは、やつはどう思うでしょう。撃ちあいになるかもしれず、そうなる
とこっちにけが人がでないともかぎりません」
「そりゃそうだな」
「そればかりか、銃声をききつけて、町じゅうのポリ公が駆けつけてくるでしょう」
「なるほどそりゃまずいな」