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エピローグ_恐怖の谷(恐怖谷)_福尔摩斯探案集_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3336

エピローグ

 警察裁判所での手続きは終わって、ジョン・ダグラスの事件は上級裁判所に移されるこ

とになった。そこで巡回裁判に付された結果、彼の行為は正当防衛とみなされ、彼は無罪

をいいわたされた。「いかなる犠牲をはらっても必ずご主人をイギリス国外へ連れ出して

下さい」ホームズは夫人に手紙で忠告した。「いままでご主人がなんとかかわしてきた危

険よりはるかに恐ろしい危険が、この国には待ちうけています。イギリスにいるかぎり、

ご主人の安全はありません」

 それから二ヶ月がすぎ、私たちもこの事件のことは忘れかけていた。するとある朝、郵

便受けに謎めいた手紙がはいっていたのである。「イヤハヤ、ホームズ君! イヤハ

ヤ!」その奇妙な手紙にはこう記されてあった。宛名も差し出し人の名もない、私はあま

りのおかしさに笑ってしまったが、ホームズは異様なほど真剣な顔つきをしていた。「悪

魔の仕わざだよ、ワトソン君!」彼はそういったきり、まゆをくもらせてじっとすわりこ

んでいた。

 その夜おそく、下宿の主婦ハドソン夫人が、ひとりの紳士がきわめて重大な用件でホー

ムズに面会を求めている、と取りついだ。彼女のすぐうしろからはいってきたのは、あの

堀をめぐらした領主館で知りあったセシル・バーカー氏だった。顔はこわばり、やつれは

てている。

「悪い知らせがありました――恐ろしい知らせです、ホームズさん」彼はいった。

「私も心配していたところです」と、ホームズ。

「あなたも海底電信を受けとられたのですか?」

「ダグラスのことなんですが、かわいそうに。みんなはエドワーズと呼ぶのですが、私に

とってはいつまでもベニト・キャニオンのジャック・ダグラスです。三週間前に夫婦そ

ろってパルマイラ号で南アフリカへ旅立ったことは、申しあげましたね」

「うかがいました」

「その船は昨夜ケープタウンに着きました。で、けさ、ダグラス夫人からこんな海底電信

が届いたのです『セント・ヘレナ沖デ暴風ニアイ、ジャックハ甲板カラ落チ行方不明。事

故ノ模様ヲ目撃シタ者ハ一人モナシ――アイヴィ・ダグラス』」

「ははあ! そうか、なるほどね」ホームズは考えこみながらいった。「ふむ、うまく演

出したものだ」

「というと、たんなる事故じゃないとおっしゃるのですか?」

「もちろん」

「じゃ殺されたとでも?」

「まちがいありません!」

「じつは私もそう思っているんです。あのいまいましいスコウラーズのやつめ。執念ぶか

いあの悪人どもの仕わざに――」

「いやいや、そうじゃありませんよ。これにはその道の達人の手が加わっているのです。

切りつめた猟銃や野暮な六連発銃なんかを使うのとはわけがちがいます。絵筆のさばき具

合をみただけで巨匠の絵がわかるように、私には、モリアーティの仕事が一目ですぐ見ぬ

けるのです。この犯罪はアメリカではなくロンドンで仕組まれたものです」

「しかし動機は何でしょう?」

「およそ不可能という文字を知らない男――何をやっても必ず成功するという事実の上に

類 たぐい まれな地位を築きあげた男の仕わざなのです。ひとりの男を抹殺するために、偉大な

頭脳と巨大な組織が全精力を傾けたのです。ハンマーでくるみを割るようなものですが

――精力のばかげた浪費にはちがいありませんが――それでも、くるみはやはりもののみ

ごとに砕け散ったわけです」

「その男はなぜこんなことに首を突っこんできたのでしょう?」

「私としてもただ、あの事件についての最初の知らせをもたらしてくれたのがその男の部

下だったということしか申しあげられません。このアメリカ人たちも、頭をよく働かせま

したよ。イギリスで仕事をしなければならなくなると、どこの国の犯罪者でもよくやるよ

うに、この偉大な犯罪専門家に協力を仰いだのです。そのときに、連中にねらわれた男の

運命はきまってしまいました。最初はこの犯罪専門家も、組織の力を利用してねらった獲

物の居どころをつきとめてやるだけで満足していたことでしょう。それから、獲物のしと

め方を教えてやることになった。最後に、例の殺し屋が失敗したことを新聞で知るに及ん

で、たまりかねて達人自らが乗りだし、あざやかな筆さばきをみせたわけです。私がバー

ルストン館で、あの人に、いままでにない恐ろしい危険が迫っていると警告したのを、お

ききになったはずです。私のいったとおりだったでしょう?」

 バーカーはやりばのない怒りに拳 こぶし を握りしめ、自分の頭を叩いた。

「こんな目にあいながら、黙ってみていなきゃならないというのですか? その悪の帝王

に立ち向かっていける者は一人もいないというのですか?」

「いや、そうはいってませんよ」ホームズは、はるかかなたの未来を見つめるようなまな

ざしで、「あの男を倒せる者がいないとはいいきれません。でもそれには時間をかしてい

ただかねば――時間をかしていただかねば!」

 私たちはしばらく無言のまますわっていたが、運命を透視せんとする彼の目は、ヴェー

ルにおおわれた現実のかなたをきっとにらんでいた。

 


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11/24 16:49