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赤毛連盟(7)
日期:2024-01-29 14:03  点击:231
 「まだ一時間はある」ホームズはいった。「連中は、あのおひとよしの質屋が寝てしまう

まではなにもできない。しかしいったん行動を開始したら、一刻も無駄にはしないだろ

う。仕事を早く片づければ片づけるほど、逃走の時間が多くとれるからな。ワトスン博

士、もうわかっていると思うが、われわれはいま、ロンドンの大銀行のシティ支店の地下

室にいる。メリーウェザーさんがここの頭取だから、ロンドン中の大胆な犯罪者たちが、

なぜいまこの地下室にただならぬ興味を抱いているのか、説明してくださると思う」

「それはフランスの金貨のせいです」頭取はささやくようにいった。「強盗などの企てが

あるかもしれないということは、われわれも予想していました」

「フランス金貨ですか?」

「そうです。数ヶ月前、資金を強化する必要が生じて、われわれはフランス銀行からナポ

レオン金貨を三万枚借り入れました。しかし、その金貨を開封する機会はまだなく、いま

だにこの地下室で眠っています。わたしがすわっているこの木箱にも、鉛の箔はくの層に

はさまれて二千枚のナポレオン金貨が入っています。したがって、ここの金貨保有量は、

ひとつの支店が通常保管している量をはるかに上まわっており、重役たちもこぞってこの

状態を懸念しておるのです」

「それは当然でしょう」ホームズがいった。「さて、そろそろわれわれも準備をはじめま

しょう。もう一時間もしないうちに、事態は山場を迎えます。それまではメリーウェザー

さん、ランタンに覆いをしてください」

「暗闇のなかですわっていろというのですか?」

「そうするしかありません。わたしはトランプも持ってきたんですよ。ちょうどふたり一

組で四人いますから、ブリッジの三番勝負をやれるかもしれないと思ったんです。しかし

敵の準備はかなり進んでいるようですから、明かりをつけておくのは危険です。ではま

ず、それぞれの配置を決めましょう。相手はこわいもの知らずの悪党です。こっちが不意

討ちを食らわしても、用心をしないと危害を加えられるかもしれません。ぼくはこの木箱

のうしろに立っています。みなさんはそちらの木箱のうしろへ隠れてください。そして、

ぼくがやつらに光をあてたら、すばやく包囲するんです。もし相手が発砲するようだった

ら、ワトスン、遠慮せずに撃ってくれ」

 ぼくはピストルの撃鉄を起こして木箱の上に置き、そのうしろにうずくまった。ホーム

ズがランタンの覆いをおろして、あたりは真っ暗になった──いままでに経験したことのな

い完かん璧ぺきな暗闇だ。熱くなった金属のにおいのおかげで、明かりがまだそこにある

と確信できる。いざというときには、それが瞬時に光を放ってくれるだろう。神経が頂点

まで高ぶっていたせいか、急に暗くなった湿っぽい地下室内に、重苦しい威圧的な空気を

感じた。

「逃げ道はひとつしかない」ホームズがささやいた。「サクス・コウバーグ・スクエアの

質屋へもどる道だ。そっちは頼んでおいたとおりに準備してくれてますね、ジョーンズさ

ん?」

「警部がひとりに巡査がふたり、玄関で張り込んでいる」

「では、すべての穴はふさいである。さあ、あとはただ静かに待つだけだ」

 その待ち時間の、なんと長く感じられたことか! あとで話し合ってからわかったのだ

が、それはたった一時間十五分でしかなかった。しかしぼくには、夜がほとんど明けて、

日がのぼりかけているのではないかとさえ思えた。身動きをするのもこわかったので、手

足が疲れてこわばってきた。それでも神経は極度に緊張し、聴覚はとぎすまされた。みん

なの静かな息の音が聞こえただけでなく、大柄なジョーンズの深く重々しい呼吸音と、メ

リーウェザー氏のかぼそいため息のような呼吸音を聞き分けることさえできた。ぼくの位

置から木箱の向こう側を見ると、床が見えた。とつぜん、その床に光がきらめいた。

 最初、それは敷石の上の一点に、不気味な火花のようにきらめいただけだった。それが

長くのびて黄色い線になり、やがて音もなく裂け目がひろがって、手が一本現れた。白

い、まるで女のような手だったが、それが光の放射する狭いエリアの中心であたりをまさ

ぐった。一分かそこら、その手は指をくねくね動かしながら床から突き出ていた。それか

ら、現れたときと同じように急に引っ込むと、あたりはふたたび暗くなった。ただ、青白

い光が一本残って、石と石のあいだの細い裂け目を示していた。

 しかし、暗くなったのも一瞬で、耳をつんざくすさまじい音とともに、大きな白い石が

一枚持ちあがってひっくり返った。四角い穴が口をあけて、そこからランタンの光が流れ

込む。穴の縁から、端整で若々しい男の顔が現れて、あたりを鋭く見まわしたかと思う

と、穴の両サイドに手をついて、せりあがってきた。肩が見え、腰が見え、やがて片ひざ

を穴の縁についた。そして一瞬で穴の横に立ち、仲間を引きあげようとしている。仲間も

また最初の男と同じく、しなやかで小柄で、顔は青白く、真っ赤な髪を振り乱していた。

「だれもいないぞ」男はささやいた。「のみと袋を持っているな。いや、だめだ! 飛び

こめ、アーチー、飛ぶんだ! でないとおしまいだ!」

 シャーロック・ホームズが飛び出してきて、侵入者の襟首をつかんだ。仲間のほうは穴

に飛びこみ、ジョーンズがその上着のすそをぐいとつかんだ拍子に、ビリビリと布地の破

れる音がした。ピストルの銃身が、光を反射した。が、ホームズの狩猟用のむちが男の手

首をはたき、ピストルはがちゃんと音をたてて石の床に落ちた。


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09/30 05:24