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花婿の正体(1)
日期:2024-01-29 14:05  点击:245

花婿の正体

「ねえワトスン」ベイカー街の下宿で暖炉をはさんですわっているとき、シャーロック・

ホームズが話しかけてきた。「人生というのは人間が頭でつくりだすどんなものよりも、

はるかに不思議なものだよ。ぼくたちの思いもよらないような人生でも、どこにでもある

ありふれたものとしてそこらに存在するんだ。もしいまぼくたちが手に手を取って、あの

窓から飛び出し、この大都会の上空を舞いながら、家々の屋根をそっとはずしてなかをの

ぞきこんだとしよう。そこではどんな奇抜なことが起こっていることか。不思議な偶然や

企てやすれ違いなどが驚くべき連鎖反応を生み、世代を超えて影響し、世にも奇妙な結果

を生んでいる。それにくらべれば、どんな小説も、月並みなプロットや見え透いた結末し

か持たない陳腐で無意味なものとしか思えなくなってしまう」

「だけどほんとにそうかなあ」とぼくはいった。「新聞で紹介されるような事件はたいて

いつまらなくて低俗なものばかりだよ。警察の調書は極端なまでにリアリズムに徹してい

るが、その結果もまたおもしろくもなければ芸術的でもない」

「リアリズムの効果をあげるには、ある程度の取捨選択が必要なのさ。警察の調書ではそ

れが欠けている。治安判事の決まり文句に重点が置かれていて、事件の詳細をきちんと描

けていないしね。そっちのほうが事件全体を観察するうえでは欠くことができないものな

のに。それはともかく、日常的なありふれたことほど奇怪なものはないというのは断言で

きるよ」

 ぼくはほほえんで首を振った。「ホームズがそう考えるのは当然だと思うよ。なにし

ろ、世界中の困り果てた人々を助ける私立探偵という立場上、ありとあらゆる不思議なこ

と、奇怪なことに出くわす運命にあるんだからね。だけどほら」ぼくは床の上の新聞を拾

いあげた。「これで実地にためしてみようじゃないか。ここで最初にぼくの目についた見

出しは、『妻を虐待』というやつだ。これで新聞の一段の半分を占めているけど、こんな

の読むまでもなく、まったくありふれた内容だとわかるじゃないか。きっと妻以外の女が

いて飲酒癖のあるような男が、妻を突き飛ばしたり殴ったりして傷を負わせ、心配した姉

妹か大家のおかみさんから通報があったんだ。いくらへぼ作家でも、こんな陳腐な話は書

かないね」

「残念ながらその記事は、きみの主張にとっては適切な例ではないよ」ホームズはそう

いって新聞を取り、その記事にざっと目を通した。「これはダンダス夫妻の別居に関する

記事だ。ぼくはたまたまこの件に関してちょっとした調査をしたことがあってね。だんな

のほうは禁酒主義者で、浮うわ気きもしないし、訴えられた理由というのが、いつのころ

からか、毎食後、入れ歯をはずしてそれを妻に向かって投げつけるという癖がついてし

まったからだ。これは並の小説家には思いつきそうもない行動だ。それはきみも認めるだ

ろう? ちょっと嗅かぎタバコでも一服やったらどうだい、ワトスン先生。そしてこの件

で、ぼくが一本取ったと認めるんだね」

 ホームズは大きなアメジストがふたの真ん中についた濃い金色の嗅ぎタバコ入れを差し

出した。その豪華さがホームズの飾り気のない質素な暮らしとはひどくかけ離れていたの

で、ぼくはそのタバコ入れについてたずねずにはおれなかった。

「ああ、そういえば、きみとはしばらく会っていなかったね。これはアイリーン・アド

ラーの写真の件で、ボヘミア王に力添えしたお礼にもらった記念品だ」

「その指輪は?」ホームズの指には目の覚めるようなダイヤの指輪が輝いていた。

「これはオランダの王室からもらったものだ。だがこっちの事件は非常に難しい問題をは

らんでいるので、きみにも内容を打ち明けることはできないよ。きみがいままでぼくの事

件をいくつも記録してくれた親切は十分承知しているがね」

「それで、いまはなにか手がけているのかい?」ぼくは好奇心からたずねた。

「十件あまり手がけているけど、どれもたいしておもしろくない。もちろん、おもしろく

なくても、重要であることに変わりはないんだが。じっさい、どちらかといえば、重要で

ない事件のほうが、観察したり因果関係を分析したりする余地があって、調査していてお

もしろいと感じることが多いんだよ。大がかりな犯罪はどうしても単純になりがちだ。一

般的にいって、大きな犯罪ほど明確な動機が存在するからね。いま手がけている事件で

は、マルセイユから依頼されたちょっと複雑な事件のほかにはおもしろいものはない。し

かし、もしかしたら、あと数分でもっとおもしろい事件にめぐりあえるかもしれないよ。

だってほら、あれはきっとぼくのところへくる依頼人にちがいない」

 ホームズはこのとき、椅子から立ち上がって、ブラインドのすきまからくすんだねずみ

色のロンドンの通りを見下ろしていた。ぼくもホームズの肩越しに外をのぞくと、向かい

側の歩道に、大柄な女性が立っていた。首に重そうな毛皮の襟巻を巻いて、赤くてカール

した大きな羽根のついたつばの広い帽子を、デヴォンシャー公爵夫人みたいになまめかし

く、片方の耳が隠れるくらい傾けてかぶっている。この派手な装いで、体を前後に揺ら

し、手袋のボタンをいじりながら、不安げに、ためらうようなそぶりでぼくたちの部屋の

窓を見上げている。かと思うと、思い切って岸を離れて泳ぎはじめた人間のように、急に

勢いをつけて道路を横切った。まもなく呼鈴が大きく鳴った。

「ああいう依頼人はいままでにも見たことがある」ホームズは暖炉にタバコを投げ捨て

た。「ここまできてためらっているのは、たいてい恋愛問題だ。助けはほしいが、他人に

話すのははばかられる。しかし同じ恋愛問題でも、いろいろ違いはある。女性が男性から

ひどい目に遭っているときは、ためらってなんかいられなくて、たいていは呼鈴のひもが

ちぎれるくらい強くベルを鳴らすんだ。今回は恋愛問題にはちがいないだろうが、あのお

嬢さんはそんなにひどく怒っているふうでもなさそうだ。とまどっているか、悲観してい

るといったところだろう。まあ、ご本人がきたから、それもじきにわかるが」

 ホームズの言葉が終わらないうちにノックの音がした。給仕の少年が入ってきて、メア

リー・サザランド様がおみえです、と告げた。小柄な黒い制服姿の給仕のうしろに女性が

立ち、小さな水先案内の船のうしろで総帆をかかげた商船のように見えた。シャーロッ

ク・ホームズは、いつものように如才なく、丁重だがくつろいだ調子で出迎え、扉を閉め

た。そして身をかがめて肘ひじ掛かけ椅い子すを指し示し、女性をすわらせると、注意深

く、それでいてどこかぼんやりした独特のスタイルで観察を始めた。

「おつらくはないですか」とホームズはたずねた。「近眼なのに、かなりたくさんタイプ

を打っておられるでしょう?」

「最初は疲れました。でもいまはもう文字の位置を見なくてもわかりますから」女性はそ

う答えてから、急にホームズの言葉の意味に気づいたらしい。ぎょっとして、ふっくらし

た人のよさそうな顔に、驚きとおそれの色を浮かべた。「わたしのこと、お聞きになって

いたんですね? でないとそんなことお知りになるはずがありませんわ」

「いや、大丈夫ですよ」ホームズは笑いながらいった。「わたしはいろいろなことを知る

のが仕事なんです。ふだんから、ほかの人が見落とすようなことまで見るように意識して

いるんですよ。そうでなければ、あなただって、相談にこようとは思われないでしょ

う?」

「わたしはエサリッジ夫人からお噂をうかがってきたんです。警察をはじめ、だれもがエ

サリッジさんは亡くなったとあきらめていたときに、ホームズさんがいとも簡単に見つけ

出してくださったとか。ああ、ホームズさん、どうかわたしも同じようにお助けくださ

い。わたしは裕福ではありませんけど、年に百ポンドは自由になるお金がありますし、タ

イプで少しは稼ぎもあります。もしホズマー・エンジェルさんがどうなったのかわかった

ら、それをぜんぶさしあげますわ」

「どうしてそんなに急いでうちへ相談にみえたのです?」シャーロック・ホームズは両手

の指先を合わせて、天井を見上げながらたずねた。


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09/30 05:40