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花婿の正体(4)
日期:2024-01-29 14:07  点击:255

「エンジェル氏の住所は知らないんでしたね。あなたのお父さんの会社はどこにありま

す?」

「義父はウェストハウス・アンド・マーバンクというクラレット( 注・ボルドー産赤ワイン )の大

手輸入業者の外交員をしています。オフィスはフェンチャーチ街にあります」

「ありがとう。これですべてよくわかりました。広告の切り抜きと手紙を置いていってく

ださい。それと、さっきのわたしの忠告を忘れないように。こんどのことはもうぜんぶ終

わったこととして、これ以上、あなたの人生に影響が及ばないようにするのですよ」

「ご親切に、ありがとうございます、ホームズさん。でも、それはできませんわ。わたし

はホズマーを裏切ることはできません。ホズマーがいつ帰ってきてもいいように、ずっと

待っています」

 メアリー・サザランドはばかげた帽子をかぶり、間の抜けた顔をしていたが、その純真

な誠意にはどこか気高いものが感じられ、ぼくたちとしても、それに敬意を表さずにはい

られなかった。彼女は新聞の切り抜きと手紙の束をテーブルの上に置き、連絡をもらえれ

ばいつでもくるといって去っていった。

 シャーロック・ホームズはしばらく無言ですわっていた。あいかわらず両手の指を合わ

せて、両足を前に投げ出し、まっすぐ天井を見つめている。そのあと、パイプ掛けからや

にがしみこんだ古い陶製のパイプを取った。そのパイプはホームズにとって相談相手のよ

うなものだ。ホームズはそれに火をつけると椅子の背にもたれ、青い煙の輪をもくもくと

舞い上がらせながら、ひどく疲れたような表情を浮かべた。

「あの娘は研究対象としてじつにおもしろい」ホームズはいった。「ぼくは彼女が持ちこ

んできた小さな事件より、彼女自身にずっと興味がある。事件のほうはごくありふれたも

のだ。ぼくの事件簿の索引を調べれば、似かよった事件がいくつか見つかるはずだ。一八

八七年にアンドーヴァであったし、昨年、オランダのハーグでもあった。だが、着想は古

くても、細かい点ではいくつか目新しい点もある。しかしなによりあの娘から教わること

のほうが多い」

「どうやらきみはあの娘について、ぼくには見えなかったものをたくさん見抜いたようだ

ね」

「見えなかったのではなく、気がつかなかったんだよ、ワトスン。きみはどこを見るべき

か知らないから、大事なものをみんな見落としてしまうんだ。きみにはなかなかわからな

いかもしれないが、袖そで口ぐちや親指の爪といったものは、とても重要でいろいろなこ

とを教えてくれるし、靴ひもからも重大な問題がわかることがある。では、きみはあの娘

の外見から、どんなことが推測できるか、説明してごらん」

「そうだなあ。青みがかった灰色のつばの広い帽子をかぶっていたね。それに、レンガ色

の羽根が一枚ついていた。上着は黒で黒いビーズが縫いつけられていたし、縁飾りにも黒

いビーズが使われていた。ドレスはコーヒーより濃い茶色で、首まわりと袖口に紫のフラ

シテンの飾りがついてた。手袋は灰色で右の人差指のところがすり切れていた。靴は見え

なかったな。小さな丸い金のイアリングが耳たぶからぶらさがっていた。全体的にあまり

上品とはいえないが、裕福で、何不自由なく、気楽に暮らしているような感じがした」

 シャーロック・ホームズは、小さく拍手しながらくすくす笑った。

「これはすごい。ワトスン、きみはずいぶん進歩したね。とてもみごとだよ。たしかに重

要な点はぜんぶ見落としているが、手法は正しい。とくに色に関しては観察力が鋭いね。

だが、全体的な印象にとらわれるのはよくない。もっと細部に集中するんだ。ぼくは女性

の場合、まず袖口に注目する。男性だとズボンのひざを見たほうがいいだろう。きみも見

たとおり、あの娘の袖口には、フラシテンがついていた。あれは跡のつきやすい素材だ。

手首の少し上あたりにくっきりとついていた二本の線は、タイプを打つときに机にすれて

できるものだ。手まわしミシンでも同じような跡がつくが、それは左手の小指の側にしか

つかないからね。あの娘のように、手のひらと同じ側を横切るようにはつかない。それか

ら彼女の顔を見ると、鼻の両側に鼻眼鏡の跡がついていた。ぼくが近眼とタイプのことを

いってやったら、彼女は驚いたようだったね」

「ぼくも驚いたよ」

「だがそれは簡単なことだよ。それよりぼくがもっと驚いて興味を持ったのは、下のほう

を見て、あの娘のはいている靴が左右別々の靴だとわかったときだよ。似てはいるが、

いっぽうはつま先に少し飾りがついていて、もういっぽうはなにもついていないんだ。し

かもいっぽうは五つあるボタンのうち、二つしかとめてないし、もういっぽうはひとつ目

と三つ目と五つ目しかとめてない。そのほかの点ではきちんとした服装の若い女性が、左

右別々の靴をはいて、ボタンも半分しかとめずに家を出てきたことを見れば、たいした推

理力がなくても、あわてて家を出てきたことくらいわかるだろう」

「そのほかにどんなことがわかる?」ぼくはいつものようにホームズの鋭い推理におおい

に興味をそそられた。

「まあ、ついでにいえば、あの娘は出かける前に手紙を書いている。すっかり身支度をと

とのえてからだ。きみもいっていたが、彼女の右の手袋の人差指のところがすり切れてい

た。だが、手袋にも指にもすみれ色のインクのしみがついていることに、きみは気づかな

かったようだな。彼女はあわてていたので、ペンをインクに深く突っこみすぎたんだろ

う。それは今朝のことにちがいない。でないとインクのしみが指にはっきり残っているは

ずないからね。こういったことはどれも初歩的な推理だが、なかなかおもしろいもんだろ

う? だが、そろそろ仕事にもどらないとね、ワトスン。そのたずね人の広告に書かれて

いるホズマー・エンジェル氏の特徴を読みあげてくれるかい」

 ぼくは小さな切り抜きを明かりの下に持っていった。「たずね人。十四日の朝に失しつ

踪そう。男性。氏名、ホズマー・エンジェル。身長約五フィート七インチ。がっしりした

体格で血色は悪い。髪は黒く、頭頂部はやや薄い。黒いふさふさした頰ひげと口ひげをは

やしている。サングラスをかけ、言語はやや不ふ明めい瞭りよう。失しつ踪そう時の服装

は、絹の折り返し襟のついた黒いフロック・コート、黒いチョッキ、金のアルバート型の

時計鎖、グレーのハリスツイード( 注・スコットランド産の手染めの毛織物 )のズボン、茶色いス

パッツ、深ゴム靴。レドンホール街の某商会に勤務。お心あたりの方は──」

「そこまででいいよ」ホームズは手紙に目を通しながらいった。「手紙のほうはごく平凡

なものだ。バルザックからの引用が一ヶ所あるのを除けば、エンジェル氏につながりそう

な手がかりはないな。だがひとつ、注目すべき点がある。きみもきっと驚くと思うよ」

「ぜんぶタイプで打ってあるね」

「署名までタイプなんだ。ほら、この最後の行。小さくきちんとホズマー・エンジェルと

打ってあるだろう。日付はあるが、差出人の住所はレドンホール街というきわめてあいま

いなものでしかない──だがこの署名は非常に参考になるな。これが決め手になるかもしれ

ない」

「なんの?」

「ワトスン、この署名がこんどの事件においてどんなに深い意味を持っているか、まさか

わからないというんじゃないだろうな」


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09/30 05:36