「わたしは警察の者ではありません。わたしをここに呼んだのは、あなたの娘さんだとお
聞きしています。ですからわたしは娘さんのために働いているのです。しかし、ジェイム
ズ・マッカーシーは助けてやらなくてはいけません」
「わしはもう先の短い身です。長年糖尿病を患ってきました。医者の話では、もう一ヶ月
持つかどうかということらしい。それでも刑務所ではなく、自分の家で死にたいと願って
いるのです」
ホームズは立ち上がってテーブルの前にすわると、ペンを持ち、紙束を前に置いた。
「ほんとうのことをお話しください。わたしはそれをここに書き留めます。あなたはそれ
にサインし、ここにいるワトスンが証人になってくれるでしょう。ジェイムズがほんとう
に窮地に立たされたときには、それをあなたの供述書として提出します。しかし、ぜった
いに必要になるまでは、けっして提出しないと約束します」
「それはありがたいことだ。わしは巡回裁判まで持たないかもしれんから、どっちに転ん
でもよいのだが、アリスにはショックを与えたくない。では、これから真相をお話ししま
しょう。実行にいたるまでは長い時間がかかったが、話すのにはそう時間はかからない。
あなたは死んだマッカーシーのことを知らんでしょうが、あれは悪魔の化身といっても
いい。ほんとうにそんな男なのです。あのような男には、ぜったいつかまらんようにせね
ばならない。しかしわしはこの二十年間、あの男の魔手にがっちりとつかまえられ、人生
を台無しにされてきた。わしがどうやってマッカーシーの意のままにもてあそばれるよう
になったのか、そのいきさつからお話ししましょう。
一八六〇年代の初めのオーストラリアの金鉱でのことです。わしは当時、まだ若くて血
の気が多く、向こう見ずで、なんにでも手を出していました。悪い連中ともつきあって、
酒におぼれ、鉱区で当たりが出なかったこともあって、とうとう奥地へ逃げこみました。
てっとり早くいえば、追おい剝はぎ強盗になったということです。仲間は六人いて、荒っ
ぽい、勝手気ままな生活を送っていました。牧場を襲ったり、金鉱へ向かう幌ほろ馬ば車
しやを襲ったりして、わしはバララットのブラック・ジャックという名で通っていまし
た。いまでもあのあたりでは、わしらの一味のことがバララット・ギャングの名で語り継
がれているでしょう。
ある日、金塊の護送隊がバララットからメルボルンへ向かって通りかかることになり、
わしらはそれを待ち伏せして襲うことにしました。護送隊には六人の騎兵がいて、こっち
も六人ですから、互角の勝負です。わしらは最初の一斉射撃で相手の六人のうち四人を鞍
くらから落としました。しかし、こっちも三人が殺されてから、ようやく金塊を手にする
ことができました。わしは幌馬車の御者の頭にピストルを突きつけたのですが、その御者
がほかならぬマッカーシーでした。あのとき殺しておけばよかったものを、わしはマッ
カーシーの命を助けたのです。しかしやつは陰険な小さな目でわしの顔をじっと見つめ、
細かいところまで頭にたたきこもうとしているようでした。わしらは金を奪って逃げ、金
持ちになってイギリスにもどりました。なんの疑いもかけられることはありませんでし
た。わしは昔の仲間と縁を切り、静かに堅気の生活を送ろうと決めました。たまたま売り
に出ていたここの地所を買い、よいことに金を使うことで、昔の悪行の埋め合わせをしよ
うと思いました。結婚もして、妻は若くして亡くなりましたが、かわいいアリスを残して
くれました。アリスはまだ赤ん坊のときから、あのちっちゃなかわいい手で、わしを正し
い道へ導いてくれたように思います。なによりもアリスの存在が大きかった。ひと言でい
えば、わしは心を入れ替えて新しい生活を始め、過去の罪ほろぼしのためにできるだけの
ことをしました。そしてなにもかもうまくいっていたときに、マッカーシーにつかまった
のです。
投資関係の用を足しにロンドンに出かけたとき、リージェント街でばったりマッカー
シーに出会いました。やつはコートも靴もぼろぼろの哀れな状態でした。
『やあ、ジャック』マッカーシーはわしの腕をたたいていいました。『これからは家族同
様、仲よくやろうぜ。おれはせがれと二人家族だ。面倒は見てもらえるよな。いやとはい
わせない──ここはりっぱな法治国家イギリスだ。おまわりさんだって、呼べばすぐ聞こえ
る距離にいる』
こうしてマッカーシー親子は西部地方にやってきました。わしはやつを追い払うことが
できず、以来、やつはわしの土地のいちばんいい場所に地代も払わずに居座りつづけまし
た。わしは昔を忘れることができず、心の安まることがありませんでした。どこへいって
もあの男の狡こう猾かつなうすら笑いを浮かべた顔がついてまわるのです。アリスが成長
するにつれ、状況はますますひどくなりました。わしが自分の過去をアリスに知られるこ
とを、警察に知られるよりはるかに恐れていることに、マッカーシーが気づいたからで
す。やつがほしがれば、どんなものでもやらねばなりません。土地も、金も、家も、わし
は文句もいわずにやりました。そしてとうとうマッカーシーは、どうしてもわしがやれな
いものをほしがるようになりました。アリスを寄こせといったのです。
マッカーシーの息子はごらんのとおり成長し、わしの娘も年頃になりました。そしてわ
しの健康がすぐれないのがわかると、マッカーシーはうちの全財産が自動的にせがれの手
に入ればいうことはないと考えたのです。しかしわしはこの件では譲れませんでした。や
つの呪われた血が、うちの家系に混ざることは断じて許せない。マッカーシーの息子が嫌
いというわけではなかったのですが、あの父親の血を継いでいるというだけでだめなので
す。わしが頑として譲らないでいると、マッカーシーは脅しにかかりました。わしは好き
にしろといってやりました。こうしてあの日、お互いの家の中間にある池で会って、話を
つけることになったのです。
池に着くと、マッカーシーが息子と話していました。そこで、木のうしろで葉巻を吸い
ながら、マッカーシーがひとりになるのを待ちました。しかし、やつの話を聞いているう