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まだらのひも(2)_シャーロック・ホームズの冒険(冒险史)_福尔摩斯探案集_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3336

「ああ!」女性は声をあげた。「わたしがこんなにおびえているのは、わたしの不安がす

ごく漠然としているからなのです。気になるのはほとんど些さ細さいなことで、ほかの人

から見たら、取るに足らないと思われるようなことばかり。だからこそ、あの人までが、

つまり、わたしのいちばんの助けとなるはずの男性までが、わたしのいうことを、臆おく

病びような女の妄想だと考えているのです。口に出してそうはいいませんが、なぐさめの

言葉や、目をそらすしぐさでわかります。でもホームズさん、あなたは人間の心に巣食う

様々な悪を見通すことができるとうかがっています。どうかわたしに、危険のただなかを

歩く方法をお教えください」

「おっしゃることはすべて、細大もらさずお聞きします」

「わたしの名前はヘレン・ストーナーと申します。義理の父といっしょに住んでいます

が、義父はイングランドでも最も古いサクソン系の一族、ストーク・モーランのロイロッ

ト家の最後の一員です。ストーク・モーランはサリー州の西の州境にあります」

 ホームズはうなずいた。「その一族のお名前は聞いたことがあります」

「ロイロット家は一時期はイングランドでも有数のお金持ちでした。所有地はサリーの州

境を越えて、北はバークシャー州、西はハンプシャー州まで広がっていました。ところが

十八世紀になると、放ほう蕩とうな道楽者が四代続けて当主となり、摂政殿下の御世( 注・

ジョージ三世の治世。一八一一~二〇 )には賭かけ事ごとの好きな当主が出まして、とうとう破産し

てしまいました。残ったのは二、三エーカーの土地と、築二百年の古い屋敷だけ、その屋

敷も何重もの抵当に入っています。先代の当主はその屋敷で貧乏貴族の辛酸をなめて一生

を過ごしましたが、その一人息子、つまりわたしの義父は、この新しい環境に順応すべく

努力しなければならないと考えて、親しん戚せきからお金を借り、医者の学位をとりまし

た。そしてカルカッタ( 注・現在のコルカタのこと )へいき、たしかな腕と押しの強い性格のおか

げで、開業医としてずいぶん成功したようです。ところが、家のなかで何度も盗難騒ぎが

起こったため、かっとなった拍子に現地人の執事を殴って死なせてしまいました。かろう

じて死刑になるのはまぬがれたものの、長年にわたる牢ろう屋や暮らしを余儀なくされ、

その後帰国したときには、暗くて気難しい人間になっておりました。

 義父はインドにいたときにわたしの母と結婚しました。母はベンガル砲兵隊のストー

ナー少将と結婚していましたが、若くして夫を亡くし、未亡人となっていたのです。わた

しと姉のジュリアは双子で、母が再婚したときにはまだ二歳でした。母はかなりの財産を

持っていて、少なくとも年収一千ポンドはあったと思います。遺言で母の財産はすべてロ

イロット博士に譲られましたが、それはわたしたち姉妹が義父といっしょに暮らしている

あいだだけのことです。もしわたしたちが結婚したら、毎年一定のお金がわたしたち姉妹

それぞれのもとに入ることになっています。イングランドに帰ってまもなく、母は亡くな

りました──八年前にクルーの近くで起こった鉄道事故にあって、突然の死でした。義父は

ロンドンで開業するという計画を中止して、わたしたちを連れ、ストーク・モーランにあ

る先祖代々の屋敷に移り住みました。母が残した財産はわたしたち三人が暮らしていくに

は十分でしたから、その後も平穏な生活が続くはずでした。

 ところがそのころから、義父に恐ろしい変化が起こりました。ご近所の方々は、由緒あ

るロイロット家の当主が先祖の屋敷にもどってきたというので、最初は大喜びしてくだ

さっていたのですが、義父はそういった方々とお友達になったり、家を行き来したりする

こともなく、屋敷に閉じこもり、たまに外出したかと思うと、たまたま道で出会った人

と、だれかれなくけんかする始末です。昔からロイロット家の男性は気性が荒く、ヒステ

リックな人間が多かったのですが、義父の場合は、わたしが思いますに、熱帯で長いこと

暮らしていたせいで、それがいっそうひどくなったのでしょう。不名誉なけんか騒ぎをつ

ぎつぎに起こしまして、そのうち二つは警察沙ざ汰たにまでなり、しまいに村の方々は、

義父を見ると恐れをなして逃げ出すようになりました。義父はものすごく力が強くて、怒

りだすと手がつけられなくなってしまうのです。

 先週は村の鍛冶かじ屋やさんを橋の上から川へ投げこんでしまいまして、わたしがかき

集めたお金をぜんぶお支払いして、なんとか表おもて沙ざ汰たにならずにすんだような次

第です。義父は友だちといえば、流れ者のロマくらいで、わずかに残ったイバラが生え放

題の所有地に、ロマがテントを張る許可を与えています。そのお礼に、テントでお客とし

てもてなされたり、ときにはロマたちといっしょに何週間も旅に出たりするのです。ま

た、義父はインドの動物が大好きで、代理人を通して取り寄せたりして、いまはチータと

ヒヒが一頭ずつおります。それが敷地内に放し飼いにされていますので、村の方々はその

獣たちを、飼い主と同じくらいこわがっています。

 いままでの話で、わたしと姉のジュリアがけっして楽しい毎日を送っていたわけではな

いことがわかっていただけたと思います。使用人も長続きしませんので、ずっとわたした

ち姉妹だけで、すべての家事をこなしてきました。ジュリアは三十になったばかりで亡く

なってしまったのですが、そのときにはもう、髪が白くなりかけていました。わたしも同

じです」

「では、お姉さんはもう亡くなられたのですね?」

「ちょうど二年前です。わたしがご相談したいのは、姉の死についてなのです。おわかり

かと思いますが、いまお話ししたような事情で、わたしも姉も同じ年頃や立場の方々とお

会いする機会はほとんどありませんでした。それでもわたしたちには叔母おばがおりまし

て、母の妹でホノリア・ウェストフェイルという名前ですけども、未婚でハローに住んで

います。わたしたちはその叔母の家をちょくちょく訪ねることはできました。ジュリアは

二年前のクリスマスにそこを訪れて、海兵隊の予備役少佐の男性と出会い、その方と婚約

しました。義父はそのことを姉がもどってきたときに知ったのですが、べつに反対はしま

せんでした。けれども、結婚式まであと二週間足らずというときに、恐ろしい出来事が起

こって、わたしはたったひとりの話し相手を失うことになったのです」

 シャーロック・ホームズは椅子の背にもたれて目を閉じ、頭はクッションに埋めていた

が、このときまぶたを半分あけて、客のほうをちらっと見た。

「そのときのことを細かいところまで、正確に教えてください」

「それはもう、すらすらといえますわ。あのときの忌まわしい出来事は、なにからなにま

で、わたしの記憶に焼きついていますから。ロイロット家の屋敷はさっきも申しましたと

おり、とても古いので、現在では翼棟のひとつしか使っておりません。その棟の寝室はす

べて一階にあって、居間は屋敷全体の真ん中あたりにあります。寝室のうち、いちばん手

前が義父、二つ目が姉、三つ目がわたしの部屋になっています。この三つの部屋を直接つ

なぐ扉はありませんが、どれも同じ廊下に通じる扉があります。おわかりでしょうか?」

「よくわかります」

「寝室の窓は芝生に向かって開いています。あの運命の夜、義父は早くに寝室に入りまし

たが、眠ってはいなかったようです。というのは、姉が自分の寝室で、義父がいつも吸っ

ているインドの葉巻の強いにおいに悩まされていたからです。姉は自分の部屋を出てわた

しの部屋に入ってくると、しばらくそこで、間近にせまった結婚式の話などをしていまし

た。そして十一時になると立ち上がって出ていきかけたのですが、戸口のところでふと立

ちどまって振り返りました。


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11/28 16:25