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まだらのひも(5)_シャーロック・ホームズの冒険(冒险史)_福尔摩斯探案集_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3337

「なかなかおもしろい人物だな」ホームズはそういって笑った。「ぼくはあんなに体格は

よくないが、もうちょっとゆっくりしていってくれたら、ぼくだって負けないくらい力が

あるってことを見せてやれたのに」ホームズはそういいながら火かき棒を拾いあげると、

ぐっと力をこめて、まっすぐになおした。

「ぼくを刑事とまちがえるなんて、失礼にもほどがある! まあ、おかげで今回の調査も

いっそうおもしろくなってきた。しかし、ぼくたちのかわいい依頼人が、あの野蛮人にあ

とをつけられたのは軽率だったな。このことで彼女が痛手をこうむることがなければよい

が。さあワトスン、朝食を頼もう。そのあとぼくは民法博士会館( 注・一八五七年まで民法を扱う裁

判所と弁護士会の事務所があり、遺言の登記・保管も行われていた )へいって、この事件で役に立ちそうな

資料を集めてくるつもりだ」

 一時近くになって、シャーロック・ホームズが外出からもどってきた。手には文字や数

字がなぐり書きされた青い紙を一枚持っている。

「亡くなった母親の遺言を見てきたよ。その内容を正確につかむためには、関連する投資

の現在の価値を計算しなければならなかった。投資による総収入は、母親の死亡時には千

百ポンド弱、それが現在は農産物の価格の下落によって、せいぜい七百五十ポンドになっ

ている。二人の娘はそれぞれ結婚したとき、二百五十ポンドずつ受け取る権利がある。つ

まり、もし二人とも結婚したら、ロイロット博士はほんの少ししか収入がなくなってしま

う。ひとり結婚するだけでも相当な痛手だ。午前中いっぱい調べた甲斐かいがあったよ。

これであの男には、娘たちの結婚をなんとしても邪魔したい強い動機があることが証明さ

れた。さあ、ワトスン、これは深刻な事態だ。ぐずぐずしてる暇はないぞ。とくにあいつ

は、ぼくらが今回の事件に関わろうとしていることに気づいているんだからな。準備がで

きているなら、辻つじ馬車を呼んで、ウォータールー駅までいこう。愛用のピストルを懐

にしのばせていってくれたらありがたいね。イリー二号のピストルがあれば、火かき棒を

ねじ曲げてしまうような紳士とも話がしやすいからな。それと歯ブラシがあれば、持ち物

は十分だ」

 ぼくたちはウォータールー駅で運よくレザヘッド行きの列車に乗ることができた。レザ

ヘッドに着くと、駅の宿で二輪の軽装馬車を雇って、サリー州の美しい小道を四、五マイ

ル走った。空は晴れ渡り、まぶしい太陽のほかには、ふわふわの羊毛のような雲が二つ三

つ浮かんでいるだけだ。木々や道端の生垣は、今年最初の芽を吹きはじめたところで、空

気は湿った土の心地よいにおいで満ちている。少なくともぼくには、この浮き浮きするよ

うな春のきざしと、いま関わっている不気味な事件の対比が奇妙なものに感じられた。

ホームズは馬車の前の席にすわっていたが、腕を組み、帽子を目深にかぶって、あごを胸

に埋め、深い物思いにふけっていた。しかしとつぜん、はっと顔をあげ、ぼくの肩をたた

き、草原の向こうを指さした。

「ほら、あそこだ!」

 木々が生い茂った庭園が、なだらかな斜面に沿って広がり、斜面の上のほうでは、緑が

濃くなって森のようになっている。木の茂みのあいだから、かなり古い屋敷の灰色の切妻

と高い屋根が頭を出していた。

「ストーク・モーランだね?」ホームズがきいた。

「はい。グリムズビー・ロイロット博士のお屋敷です」御者が答えた。

「あそこで工事をしているだろう。そこへいきたいんだ」ホームズはいった。

「こっちへいくと村です」御者は左前方の、屋根がたくさん見えるほうを指差していっ

た。「けど、あのお屋敷にいかれるんなら、ここの踏越し段( 注・牧場などの生垣、塀などに設けら

れた階段、踏み台 )を越えて、野原の小道を通っていかれたほうが早いですよ。ほら、あそ

こ、女の人が歩いているでしょう」

「やあ、あれはたぶんストーナーさんだろう」ホームズは目の上に手をかざしながらいっ

た。「よし、きみのいうとおりにしたほうがよさそうだ」

 ぼくたちがおりて料金を払うと、馬車はレザヘッドへ向かってゴトゴトと引き返して

いった。

「ああいっておけばいい」ホームズは踏越し段をのぼりながらいった。「これであの御者

は、ぼくたちが建築関係の人間か、なにかきちんとした用事できた人間だと思っただろ

う。そうすれば噂が広まることもないからね。こんにちは、ストーナーさん、約束どお

り、きましたよ」

 今朝がたの依頼人は急いで近づいてきて、ぼくとホームズを出迎えた。いかにもうれし

そうな表情だ。「いまかいまかとお待ちしてましたのよ」大声でそういって、熱のこもっ

た握手をした。「なにもかも、うまくいきましたわ。義父はロンドンに出かけたままで、

夕方までもどってきそうにありません」

「われわれは光栄にも、もう博士にお目にかかりましたよ」ホームズはそういって、今朝

の出来事を簡単に説明した。話を聞くうちに、ヘレン・ストーナーの顔は唇まで真っ青に

なった。

「なんてこと! わたしをつけていたんですね!」

「そのようですね」

「ほんとうに悪賢い人なんです。油断もすきもないわ。帰ってきたらなにをいわれるかし

ら?」

「博士のほうこそ用心しなくてはいけなくなるでしょう。悪知恵では負けない相手に目を

つけられたんですから。今晩は部屋に鍵かぎをかけて、お父さんと顔を合わせないように

することです。もし暴力を振るわれるようなことがあれば、われわれがハローの叔母おば

さんのお宅までお連れします。さて、時間を有効に使わないといけませんから、さっそく

問題のお部屋のほうへ案内していただけますか」

 屋敷はところどころ苔こけに覆われた灰色の石でできていて、中央に高い建物がある。

そこから二つの翼棟が、ちょうどカニの爪のように両側にカーブを描いて張り出してい

る。その二つの棟のうち、ひとつは割れてしまった窓を木の板でふさいであったり、屋根

が一部陥没していたりして、いかにも廃屋といった感じだ。中央の建物もそれと変わらな

いくらいの荒れ方だが、右側の翼棟は比較的新しく、窓のブラインドや煙突から立ちのぼ

る煙からみて、一家が住んでいるのはここだと見当がついた。端の壁に沿って足場が組ま

れ、石壁に穴が開いている。ぼくたちがいったときには職人の姿はなかった。ホームズは

手入れの行き届いていない芝生の上をゆっくりと行き来し、窓の近くをとくに注意して見

ていた。

「ここがあなたの寝室で、真ん中がお姉さんの、そして母おも屋やに近いほうがロイロッ

ト博士の寝室ですね?」

「そうです。でもわたしはいま、真ん中の部屋で寝ています」

「修復工事のあいだだけですよね。しかし、あの端の壁には、とりたててすぐに修復しな

ければならないところはないようですが」

「そのとおりです。たぶんわたしを部屋から追い出すための口実でしょう」


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11/28 16:53