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技師の親指(2)
日期:2024-01-31 23:35  点击:258

「とてもいいです。先生のブランデーと手当てのおかげで、生き返ったみたいです。体力

的にもだいぶ弱ってたんですよ。なにしろ、とんでもない目に遭ったものですから」

「たぶんそのことは話さないほうがいいでしょう。どうみても、精神的によくありませ

ん」

「ええ、そうです。いまは無理です。警察へいったら話さないといけないでしょうが。で

もここだけの話、もしこの傷というはっきりした証拠がなければ、警察がわたしの話を信

じてくれるかどうか疑問ですね。それくらい途方もない話だし、それを裏づける証拠もほ

とんどありませんから。万一信じてくれたとしても、わたしが提供できる手がかりはすご

く漠然としたものなので、はたして公正な裁きが下されるかどうか」

「ほう! そういった種類の問題の解決をお望みなら、ぜひぼくの友人のシャーロック・

ホームズのところへいかれるといい。警察へいくのはそのあとだ」

「ああ、その方のことなら聞いたことがあります。もしその方が引き受けてくださるな

ら、すごくうれしいです。もちろん警察にもいかねばなりませんが。先生からご紹介して

いただけますか?」

「それより、ぼくがこれから連れていってあげよう」

「それはとてもありがたい」

「辻つじ馬車を呼んで、いっしょにいきましょう。いまからいけば、ちょうど彼と朝食を

ともにできる。体のほうは大丈夫そうですか?」

「はい。どうも話してしまわないとすっきりしない気がします」

「では、使用人に馬車を呼びにやらせて、すぐに準備してもどってきます」ぼくは二階に

駆けあがって妻に簡単に事情を説明し、五分後には辻馬車に乗り込んで、知り合ったばか

りの男といっしょにベイカー街に向かった。

 シャーロック・ホームズはぼくの予想どおり、ガウン姿のまま、居間をうろうろして、

タイムズ紙の私事広告欄に目を通したり、朝食前の一服をパイプでくゆらせたりしてい

た。このパイプには、前日に吸ったタバコの燃えかすをマントルピースのすみで丹念に乾

かして集めたものが詰めてある。ホームズはいつものようにおだやかな物腰でぼくたちを

迎えると、ベーコンエッグをつくらせて、いっしょに栄養たっぷりの朝食をとった。食事

が終わると、新しい知人を長椅子にすわらせ、頭のうしろにクッションをあてがい、ブラ

ンデーの水割りの入ったグラスを手の届くところに置いてやった。

「ハザリーさん、あなたの経験されたことが異常な出来事であることはよくわかります

よ。どうぞ横になってできるだけ楽にしてください。話せるだけ話していただきたいので

すが、疲れたら話すのをやめて、その気つけ薬をのんでください」ホームズはいった。

「ありがとうございます。でもワトスン先生に手当てしていただいてから、生き返ったよ

うになりました。そのうえ朝食をいただいて、もう完全に回復したような気がします。貴

重なお時間をできるだけ有効に使わせていただきたいので、すぐにでもわたしの奇妙な体

験をお話しします」

 ホームズは愛用の大きな肘ひじ掛かけ椅い子すにすわり、まぶたの重そうな物憂げな表

情で、好奇心の強い鋭い本性を包み隠した。いっぽうぼくはホームズの向かいにすわり、

客が語る風変わりな物語にいっしょに耳を傾けた。

「まずお断りしておきますが」とハザリー氏は話しはじめた。「わたしは父母を亡くし、

独り者で、ロンドンの下宿屋にひとりで住んでいます。職業は水力技師で、グリニッジの

有名なヴェナー・アンド・マシスン社で七年間見習いをしまして、かなりの経験を積んで

います。二年前、年季が明けたとき、たまたま父親が亡くなってまとまったお金が入った

ので、自分で開業しようと思い、ヴィクトリア街に事務所を開きました。

 たぶんだれでも初めて事業を立ち上げた当座はみじめな思いをするものだと思います。

わたしの場合、それがとくにひどかった。二年のあいだに相談業務が三回、ちょっとした

手間仕事が一回、事務所に持ちこまれた仕事はそれだけでした。全収入が二十七ポンド十

シリングといったありさまです。毎日朝九時から午後四時まで小さな事務所で待ち続け、

しまいには気持ちが落ち込んで、もうこの先お客などひとりもこないだろうと思いつめる

ようになりました。

 ところがきのう、もう事務所から帰ろうとしていたときに事務員がやってきて、紳士が

ひとり、仕事のことでわたしに会いたいといって待っているというのです。名刺も持って

きて、それには『ライサンダー・スターク大佐』と印刷されていました。事務員のすぐう

しろに、大佐本人が姿を現しました。背丈はふつうより高いほうですが、異常なくらいや

せています。あんなにやせた人間は見たことないくらいです。顔全体が鋭く削られ、鼻も

あごもとがっていて、頰の皮膚は浮き出た骨の上に張りついています。しかしそのやせ方

は病気ではなく体質のようでした。なぜなら目はぎらぎら輝き、歩き方もきびきびして、

自信にあふれた態度だったからです。地味ながらもきちんとした服装をしていて、歳のこ

ろはわたしのみたところ、三十代、それも四十に近いといった感じでした。

『ハザリーさんですな?』少しドイツなまりのあるしゃべり方でした。『評判を聞いてま

いりました。仕事の腕がたしかなだけじゃなくて、分別があって、秘密も守れるお方だ

と』

 わたしはおじぎをしながら、まんざらでもない気分でした。そんなふうにほめられた

ら、たいていの若い者はそうなります。『失礼ですが、わたしのことをそんなふうにいっ

てくださったのはどなたでしょう?』

『いや、それはいまのところ、申し上げんほうがいいでしょう。ところで、同じ方面から

うかがったのですが、ハザリーさんはご両親を亡くされたうえに、独身で、ロンドンでひ

とり暮らしをなさってるとか』

『そのとおりです。しかしそれが仕事とどういう関係があるのですか? お仕事の相談で

ここにいらしたのですよね?』

『そうですよ。しかし、わたしのいうことが的はずれでないということは、すぐにわかり

ますよ。わたしは仕事を頼みにきたんですが、この仕事はぜったいに秘密厳守なのです──

完全な黙秘ですよ、わかりますか。そのためにはもちろん、ひとりで暮らしている人間の

ほうが、家族に囲まれている人間より望ましいわけです』

『わたしは秘密を守るといったら、かならず守りますよ』

 わたしがそういうのを、大佐はじっと見つめていました。あれほど疑り深い不信に満ち

た目は見たことがありません。

『では、約束してくださるんですな?』ようやく大佐はいいました。

『はい、お約束します』

『絶対的な、完全な沈黙ですぞ。仕事の前も、最中も、そのあとも、この件に関しては、

口頭でも書面でもいっさい言及してはならんのですよ』

『すでにお約束したとおりです』

『よろしい』大佐は急にさっと立ち上がると、稲妻のように部屋を横切って、ドアをぱっ

とあけました。外の廊下にはだれもいません。


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09/29 23:33