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技師の親指(3)
日期:2024-01-31 23:35  点击:262

『よかろう』そういってもどってきます。『使用人というのは、とかく主人の行動を詮せ

ん索さくしたがるものです。これで安心して話すことができますな』大佐は自分の椅子を

わたしのすぐ近くまで引き寄せて、例の疑り深そうな思いつめた目でじっと見つめてきま

した。

 わたしは、このやせ細った男の奇妙なしぐさを見ているうちに、一種の嫌悪感と恐怖に

も似た感情が湧いてきました。仕事を失う恐れがあるにもかかわらず、わたしは思わず、

あせりを口に出してしまいました。

『どうぞ、用件をはっきりおっしゃってください。わたしもこれで、忙しい身でして』最

後のひと言はとんでもない噓ですが、自然と口から出てしまったのです。

『ひと晩で五十ギニーではいかがですかな?』大佐がいいました。

『たいへんけっこうです』

『ひと晩といったが、一時間といったほうが近いかもしれない。あなたにお願いしたいの

は、水力圧搾機の故障の原因を調べていただくことだけなんです。どこが悪いのか教えて

もらえたら、あとは自分たちで直します。そういったお仕事はどう思われます?』

『簡単な仕事で、しかも報酬がすばらしいですね』

『そのとおりです。では、今晩の最終列車できてください』

『どこまでですか?』

『バークシャー州のアイフォードです。オクスフォード州との州境に近い小さな町で、レ

ディングから七マイル足らずのところにあります。パディントンからの列車で、十一時十

五分ごろ、そこに着くのがあります』

『わかりました』

『そこまで馬車で迎えにいきます』

『そこからまた馬車に乗るのですか?』

『そうです。われわれの地所はかなり田舎にありまして、アイフォードの駅からたっぷり

七マイルはあります』

『それでしたら、着くのは真夜中過ぎになってしまいますね。帰りの列車にはとても間に

合いませんから、一泊することになってしまいます』

『そうですな。間に合わせの寝床くらいはご用意できますよ』

『それはご面倒でしょう。もっと都合のよい時間帯にいくわけにはいかないんですか?』

『われわれとしては、夜遅くきてもらうほうが都合がいいのです。あなたにはご不便で

しょうが、だからこそわれわれは、あなたのような無名の若者に、一流の技師でも雇える

ほどの報酬をお払いするわけです。それでももちろん、あなたが手を引きたいとおっしゃ

るなら、まだ十分間に合いますよ』

 わたしは五十ギニーの金のことを考え、それがあればどれほど助かるかを考えました。

『手を引くつもりなんてありません』わたしはいいました。『喜んでご都合に合わせます

よ。しかし、わたしがやる仕事の内容を、もう少しはっきりつかんでおきたいのですが』

『ごもっともです。あれほど固く秘密厳守をお願いしたわけですから、いったいどういう

仕事なのかと不審を抱かれるのも当然でしょう。われわれとしても、あなたに仕事を頼む

かぎりは、すべてを包み隠さずお話しするつもりです。盗み聞きされている心配はないで

しょうな?』

『まったくありません』

『では、こういうことです。漂布土( 注・吸着活性の強い粘土。織布漂白、羊毛脱脂などに用いる )が貴重

なものであることはご存じでしょう? イングランドでは一、二ヶ所しか産出するところ

がないことも』

『聞いたことはあります』

『少し前、わたしは小さな地所──ごく小さな土地です──を買いました。レディングから

十マイル足らずのところにある土地です。幸運にもその一部に漂布土の層が存在すること

がわかったのです。しかし調査してみると、その層は比較的小さな層で、それよりずっと

大きな層が、そこから左右に広がっていたのです。しかし、左の層も右の層も隣人の土地

にあります。ところがそのお隣さんたちは、自分の土地に金と同じくらい値打ちのあるも

のが眠っているとは露知らずにいるのです。ですから、わたしとしては、隣人が自分の土

地の価値に気づく前に、その土地を買い取ってしまえばもうかるわけですが、残念ながら

わたしにはそれだけの資金がありません。しかしこの秘密を二、三の友人に打ち明けたと

ころ、それならまず自分の土地に埋蔵されている分をこっそり掘り出して、それでお金を

稼いでから隣の土地を買えばいいと助言してくれたのです。そこでわたしはしばらく前か

ら、友人といっしょにそれを実行し、作業を効率的に行うために水力圧搾機を据えつけた

のです。しかしその機械が、さっきも申しましたとおり、故障したのであなたに調べてい

ただきたいというわけです。しかしわれわれは秘密を守るために用心を重ねております。

もしうちに水力技師がきたことが知れると、たちまち詮索されるでしょう。もし事実が明

るみに出たら、隣の土地を買うチャンスはなくなって、われわれの計画もおしまいです。

わたしがあなたに今晩アイフォードにいくことをだれにも口外しないでくれと念を押した

のも、そういうことです。これでおわかりになりましたか?』

『よくわかります。ただ、ひとつだけ腑ふに落ちないのは、漂布土を採掘するのに水力圧

搾機をどう使うのかということです。漂布土というのは、砂利みたいに、穴から掘り出す

ものと思っていたのですが』

『ああ、そのことか』大佐はぞんざいにいいました。『それはわれわれの独自の方法でし

てね。土をレンガのように圧縮すれば、運び出しても、なにかよくわからないでしょう。

しかしそんな細かいことはどうでもいい。これでもう、あなたには秘密をすっかり打ち明

けましたよ、ハザリーさん。わたしがどれだけあなたに信頼を寄せているか、おわかりに

なったでしょう』大佐はそういって立ち上がりました。『では、アイフォード駅で、十一

時十五分にお待ちしています』

『かならずまいります』

『くれぐれも、口外なさらんように』大佐は最後にまた例の疑り深い目でわたしをじっと

見つめてから、じっとりした冷たい手でぎゅっと握手をすると、さっさと部屋から出てい

きました。

 さて、わたしは冷静になって、よく考えてみました。すると、おわかりかと思います

が、とつぜん舞い込んできたこの奇妙な仕事に、とまどわずにいられませんでした。いっ

ぽうで、もちろん、うれしくもありました。なにしろその報酬は、わたしが自分で見積

もった場合にくらべたら、少なくとも十倍はありますし、今回の依頼をきっかけにつぎの

仕事に結びつくかもしれません。しかしその反面、依頼人の顔や態度から嫌な印象を受け

ましたし、漂布土がどうのという話だけでは、なぜ真夜中にいかなければいけないのか、

なぜわたしがこのことをだれかに話すのをあれほど心配するのか、十分に説明できていな

いと思いました。しかしわたしはそういった不安をすべて水に流し、しっかり食事をとっ

て、馬車でパディントン駅にいき、出発しました。口外するなという命令にも、いわれた

とおり従いました。


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