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技師の親指(5)
日期:2024-01-31 23:35  点击:265

『ファーガスン君はわたしの秘書兼マネージャーです』大佐はいいました。『ところで、

ここのドアはさっき閉めていったつもりだったが。すきま風が入ったんじゃないですか』

『いいえ、お気になさらず。わたしが自分であけたのです。部屋が少しむっとしていたも

ので』

 大佐は例の疑り深い目をちらっとわたしに向けました。『では、仕事のほうに取りかか

りましょう。ファーガスン君とわたしで機械のほうへご案内します』

『帽子をかぶっていったほうがいいでしょうね』

『いや、屋内だから大丈夫』

『なんですって。漂布土を屋内で掘っているのですか?』

『いやいや、屋内では圧縮しているだけだ。しかし、そんなことは気にせんでいい! あ

んたは機械を見て、どこが悪いか教えてくれればいいんだ』

 わたしたちは三人で階段をのぼっていきました。大佐がランプを持って先頭に立ち、ず

んぐりしたマネージャーとわたしがあとに続きました。迷路のような古い家で、廊下や通

路、狭いらせん階段があり、低い小さな扉がいくつもあります。それらの扉の敷居は、何

世代もの人々に踏まれてくぼんでいます。二階より上には敷物も家具もまったく見あたら

ず、漆しつ喰くいがはがれ落ち、湿気がにじみ出て、体に悪そうな緑色のしみが浮き出て

います。わたしはできるだけ平気な顔をしようと思いましたが、無視したはずのあの女性

の忠告が頭から離れず、二人の連れを注意深く観察していました。ファーガスンはむっつ

りした口数の少ない男でしたが、その数少ない発言からして、少なくともわたしと同じイ

ギリス人だとわかりました。

 ライサンダー・スターク大佐は、ひとつの低い扉の前で立ちどまり、鍵かぎをあけまし

た。なかには小さな四角い部屋がありました。三人いっしょに入るのも難しいくらいで、

ファーガスンは外に残り、大佐がわたしを連れて入りました。

『さて、よろしいですか』と大佐はいいました。『われわれはじつはもう水力圧搾機のな

かにいます。ですからもしだれかが機械を動かそうものなら、大惨事になります。この小

さな部屋の天井は、じつは下降してくるピストンになっていて、それがおりてくると、何

トンというものすごい力でこの金属の床を押しつけるわけです。外側には細い水管が何本

も通っていて、力を伝達し、増幅するわけですが、その仕組みはあなたがよくご存じで

しょう。この機械は動くことは動くのですが、どこか動きにぎこちないところがあって、

圧力も少し減っているようなのです。どうぞ、よく調べていただいて、どうしたらよくな

るのか教えてください』

 わたしは大佐からランプを受け取ると、機械を念入りに調べました。ほんとうに巨大な

圧搾機で、途方もない圧力を産み出すことができそうです。しかしわたしが外に出て操作

レバーを押してみると、シューッという音がして、すぐにどこかで小さな水漏れが起きて

いることがわかりました。そのせいでサイドシリンダーのひとつから逆流が生じているの

です。検査の結果、動力伝達軸の先端についているゴムバンドのひとつが縮んで、軸受と

のあいだにすきまができていることがわかりました。これが圧力減少の原因にまちがいあ

りません。そこでわたしはそのことを大佐とファーガスンに教えました。二人はわたしの

いうことに注意深く耳を傾け、いくつか技術的な質問をしました。わたしはそれに答えて

からもう一度、圧搾機のなかにもどって、好奇心を満足させるためによく観察しました。

これをひと目見れば、漂布土の話がまったくのでたらめであることはあきらかです。漂布

土を固めるために、こんな強力な機械を使うなんてばかげています。四方の壁は木製です

が、床は大きな鉄の桶おけのような構造で、調べてみますと、金属製の膜のようなものが

一面にこびりついています。わたしはかがみ込んでその膜を引っかいて、いったいなにで

できているのか見ようとしました。そのとき、ドイツ語でなにやら低い叫び声が聞こえま

した。見ると、大佐が死人のように青ざめた顔でこちらをにらんでいます。

『ここでなにをしている?』大佐がたずねます。

 わたしは大佐の凝った作り話にまんまとひっかかったことに腹が立ってきました。『あ

なたがおっしゃった漂布土を見ているんですよ。この機械がいったい何に使われているの

かはっきりわかっていれば、もっといいアドバイスができましたのに』

 その言葉を発した瞬間、わたしは自分の口の軽さを後悔しました。大佐は顔をこわばら

せ、灰色の目を邪悪な光でぎらりと輝かせました。

『よかろう。これからこの機械のことをすっかり教えてやろう』そういって一歩うしろに

下がると、小さな扉をばたんと閉め、鍵をかけました。わたしは扉に駆けよって取っ手を

引っぱりましたが、扉はしっかり閉まっていて、蹴けろうが押そうがびくともしません。

『おーい! おーい! 大佐、あけてください!』

 そのとき、しんと静まり返ったなかで、とつぜん物音がして、わたしの心臓は飛び出し

そうになりました。それはガタンというレバーの音と、あの水漏れしているシリンダーの

シューッという音でした。大佐は圧搾機を作動させたのです。ランプはわたしがさっき鉄

桶のような床を調べたときに下に置いたままになっています。その光で黒い天井がぎしぎ

しと音をたてながらゆっくりおりてくるのが見えました。その力は、ほかでもない、この

わたしがいちばんよく知っていることですが、一分とたたないうちにわたしを押し潰つぶ

し、形のないどろどろの物質にしてしまうでしょう。わたしはわめきながら扉に体当たり

し、爪で錠前を引っかきました。お願いですから出してください、と大声で泣きついて

も、レバーのがたがたという非情な音が、その叫び声をかき消してしまいます。天井はわ

たしの頭上、一、二フィートまでおりてきて、手をあげるとその堅いざらざらした表面に

さわることができます。そのときふと頭に浮かんだのが、死ぬときの苦痛はその瞬間にど

んな姿勢をしているかにかかっている、という考えでした。もしうつ伏せに寝ていたら、

重みは背骨にかかります。背骨がボキッと折れる音を想像すると、体が震えてきました。

仰あお向むけになっていたほうが楽かもしれないが、横になって恐ろしい黒い影が揺れな

がら迫ってくるのを見上げている度胸が自分にあるだろうか? もう、まっすぐ立ってい

ることもできなくなってきました。そのとき、あるものが目に入って、一気に希望が湧い

てきました。

 さきほどいったとおり、天井も床も鉄でできていますが、壁は木製です。もうだめだと

思いながらあたりをあわてて見まわしているうちに、二枚の壁板のすきまに細く黄色い光

がひと筋見えるのに気づいたのです。その光は小さな壁板が外側へ押され反りかえってい

くにつれて、どんどん広がっていきます。一瞬、これがほんとうに死から逃れるための出

口になるとは信じられませんでした。しかしつぎの瞬間、わたしは光の方向へ身を投げ出

し、なかば気を失いそうになりながら、壁の向こう側へ転がり出たのです。わたしのうし

ろでは壁板がふたたび閉じ、ランプの砕ける音がして、そのすぐあとに、ふたつの厚い鉄

板がぶつかる音が聞こえました。ほんとうに危機一髪の脱出だったのです。

 我に返ったのは、手首を乱暴に引っぱられたときです。わたしは狭い廊下の石の床に寝

転んでいたのですが、女の人がわたしの上にかがみこむようにして、左手でわたしを引っ

ぱっていきます。右手にはロウソクを持っていました。わたしが愚かにも、せっかくの忠

告を無視したあの女性です。『早く! 早く!』と息を切らしていいます。『あの人た

ち、すぐにやってきます。あなたがあそこにいないこと、わかります。さあ、時間を無駄

にしないで、早く!』


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09/29 23:27