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独身の貴族(2)
日期:2024-01-31 23:35  点击:260

「この件について詳しく述べた記事が、同じ週の社交界新聞にのっている。ああ、これ

だ。『近く、結婚市場における保護政策を求める声が叫ばれることになろう。現在の自由

貿易主義の原則のもとでは、わが国の国産品がきわめて不利な状況に置かれているから

だ。いまや大英帝国の名門の家庭の支配権は、大西洋のかなたからやってくる麗しき従姉

妹いとこたちの手につぎつぎと渡っている。先週もまた、これら魅力的な侵略者たちが獲

得した戦利品のリストに、際立った人物の名が追加された。この二十年間、キューピッド

の矢を寄せつけなかったセント・サイモン卿が、カリフォルニアの億万長者の美び貌ぼう

の令嬢、ハティ・ドーラン嬢と近く結婚することを公表されたのだ。ドーラン嬢は、目の

覚めるような美貌と優雅な物腰でウェストベリー・ハウスのパーティにおいて注目を集め

たが、現在報じられているところによると、ひとり娘で持参金の額はゆうに六桁けたを超

し、将来莫ばく大だいな財産を相続するとのこと。バルモラル公爵がここ数年、所蔵の絵

画を売りに出すことを余儀なくされているのは公然の秘密であり、セント・サイモン卿は

バーチムアの小さな地所以外に財産を所有されていない。したがって、この結婚によって

利益を得るのは、共和国の一市民から一躍イギリス貴族の仲間入りを果たすカリフォルニ

アの女性相続人だけでないことはまちがいない』」

「ほかになにかあるかい?」ホームズはあくびまじりにいった。

「ああ、たくさんあるよ。ほら、ここにモーニング・ポスト紙の別の記事がある。結婚式

は内輪だけで、ハノーヴァー・スクエアのセント・ジョージ教会で行われ、参列者はごく

親しい友人五、六名にかぎられること、一行は式のあと、アロイシャス・ドーラン氏が家

具つきで購入したランカスター・ゲイトの家に引きあげること、などが書いてある。その

二日後、つまりこのあいだの水曜日だが、挙式が行われたことと、ハネムーンはピーター

ズフィールドの近くのバックウォーター卿の屋敷で過ごされる予定であることがごく簡単

に紹介されている。花嫁の失しつ踪そう前の記事はこれでぜんぶだね」

「なんの前だって?」ホームズが驚いてたずねた。

「花嫁の失踪だよ」

「いつ失踪したんだい?」

「結婚披露宴の朝食会の最中さ」

「なるほど。これは思った以上におもしろくなりそうだな。芝居にでもなりそうな話じゃ

ないか」

「そうだね。ぼくもちょっとふつうではないと思った」

「花嫁が式の前にいなくなることはよくあるし、ハネムーンの最中にいなくなることもあ

る。だが、こんなに手際のいいのは聞いたことがないな。そのときのことを詳しく聞かせ

てくれ」

「残念ながら、記事にはあまり詳しく書いてないんだよ」

「それをもとに、もっと詳しく推測できるかもしれない」

「不十分な内容だが、きのうの朝刊で特ダネとしてのっていたものがあるから、いまから

読むよ。見出しは『上流階級の結婚式で怪事件』だ。『ロバート・セント・サイモン卿き

ようの家は、卿の婚礼の際に起きた不可解かつ痛ましい出来事によって、驚きよう愕がく

の嵐に見舞われている。セント・サイモン卿の結婚式は昨日の新聞で簡単に報道されたと

おり、一昨日おとといの朝に挙行された。そして今日になってようやく、一部で根強く流

布していた奇妙な噂が事実と確認されるにいたった。もみ消しを画策した友人たちの努力

にもかかわらず、この事件はすでに世間の注目を集め、人々の話題となっているため、関

係者もこれ以上知らないふりを決めこむのは得策ではないと判断したものと思われる。

 結婚式はハノーヴァー・スクエアのセント・ジョージ教会でごく内輪で行われ、参列者

は花嫁の父親アロイシャス・ドーラン氏、バルモラル公爵夫人、バックウォーター卿、花

婿の弟にあたるユースタス卿、妹のクレーラ・セント・サイモン嬢、アリシア・ホィッ

ティントン嬢の六名だった。式のあと、参列者は全員、ランカスター・ゲイトにあるアロ

イシャス・ドーラン邸に用意された結婚披露宴の朝食会会場におもむいた。このとき、一

行のあとから、名前は確認されていないが、女性がひとり、家のなかへ無理やり入ろうと

して騒ぎとなった模様である。その女性はセント・サイモン卿に対して、なにか正当な要

求があると主張していたらしい。やっかいな騒ぎが長々と続いたあげく、ようやく女は執

事と使用人によって追い返された。運よく花嫁はこの不快な騒ぎの前に家のなかに入っ

て、参列者たちとともに朝食会の席についていたが、とつぜん気分が悪いと訴え、自室に

引きあげた。その後花嫁がなかなか姿を現さないのをいぶかしんで、父親がようすを見に

いき、メイドにたずねたところ、花嫁は自分の部屋にはちょっと入っただけで、オーバー

コートと帽子を持って廊下を駆けていったという。使用人のひとりも同じ服装の女性が、

家から出ていくのを目撃したが、花嫁は披露宴にいるものと思いこんでいたので、それが

まさか花嫁だとは思わなかったという。娘がいなくなったことを知ったアロイシャス・

ドーラン氏は、花婿と相談のうえ、すぐに警察に連絡した。現在、熱心な捜査活動が展開

されており、この不思議な事件もまもなく解決に向かうと思われる。しかし、昨夜は深夜

にいたっても花嫁の行方は判明しなかった。この件については犯罪がからんでいるとの噂

もあり、警察では最初に騒ぎを起こした女性が嫉しつ妬とかなにかの動機で花嫁の失踪に

関与しているのではないかとみて、その女性を逮捕したともいわれている』」

「それだけかい?」

「ほかの朝刊紙でもひとつだけ、小さな記事がのっている。これは参考になりそうだよ」

「どういう記事だい?」

「フローラ・ミラーというのが騒ぎを起こした女性で、じっさいに逮捕されたそうだ。ど

うやら彼女はアレグロ座で踊り子をしていた女性らしく、花婿とは数年来の知り合いだそ

うだ。ほかにはとりたてて詳しい情報はない。これで事件のあらましは把握できただろう

──新聞で報道されたことはこれでぜんぶだ」

「いや、なかなかおもしろい事件のようだね。これはどうあっても手がけたいものだ。と

ころでベルが鳴っているね。もう四時を数分過ぎているから、このベルが高貴な依頼人だ

ろう。まさか席をはずしたりしないでくれよ、ワトスン。立会人がいると、すごくありが

たいんだ。あとで記憶をチェックできるだけでも助かる」

「ロバート・セント・サイモン卿がお越しになりました」給仕の少年が扉を勢いよくあけ

てそう告げ、紳士がひとり入ってきた。感じのよいあかぬけた顔立ちで、鼻は高く、色白

で、口元にはややいらだったようすがうかがえる。大きくてはっきりした目もとには、人

に命令し、かしずかれることがあたりまえの人間にふさわしい落ち着きがあった。物腰は

きびきびしているが、全体的に歳よりふけた印象を与えるのは、少し猫背で、歩くときに

心持ちひざを曲げるせいだろう。つばの巻きあがった帽子をさっと脱ぐと、髪の毛のはえ

ぎわあたりに白髪がまじり、てっぺんは薄くなっている。服装は、高いカラー、黒いフ

ロック・コート、白いチョッキ、黄色い手袋、黒いエナメル靴に薄い色のスパッツという

いでたちで、きざととられかねないほどのこだわりがうかがえる。ゆっくりと部屋のなか

に入りながら、顔を左右に動かし、右手に持ったひもを揺らした。ひもの先には金縁の鼻

眼鏡がぶらさがっている。


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09/30 01:28