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エメラルドの宝冠(2)_シャーロック・ホームズの冒険(冒险史)_福尔摩斯探案集_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

『わたくしとしましては、なにもうるさいことを申さずに、自分の懐からご用立ていたし

たいところですが、とてもわたくし個人の手の及ぶ額ではございません。もし銀行として

お貸しするとなりますと、共同経営者に対する義務もございますので、たとえあなた様の

場合でも、事務的な担保の手続きはとらせていただかねばなりません』

『それはわたしも望むところだ』その方はそうおっしゃって、椅子の横に置かれていた四

角い黒のモロッコ革のケースを持ち上げられました。『エメラルドの宝冠のことは聞いた

ことがあろうな?』

『大英帝国の国宝のなかでも、最も貴重な宝とうかがっております』

『そのとおりだ』そういってケースをあけられると、肌色のやわらかいビロードに埋もれ

て、その方がいま口にされたすばらしい国宝が現れたのです。『これには三十九個の大粒

のエメラルドがはめこまれている。金の浮き彫りも値がつけられぬほど貴重なものだ。い

くら安く見積もっても、きみが用立ててくれる金額の倍はするだろう。これを担保として

きみに預けよう』

 わたしはその貴重なケースを両手で受け取り、かなりとまどいながら、宝冠と高貴なお

客様を交互に見つめました。

『これの価値に疑問でもあるのか?』お客様がおっしゃいました。

『とんでもありません。ただ──』

『わたしがこれを担保として差し出すことが妥当かどうか、心配しているのだな。それな

ら安心したまえ。四日後には金を返して、それを取りもどすことができると確信していな

ければ、わたしもこんなことはしない。これはあくまでも、形式的なことなのだ。それで

担保は十分だな?』

『十分すぎるくらいです』

『ホールダー君、これはわたしがきみに並々ならぬ信頼を寄せている証拠だと理解してく

れたまえ。きみのことは様々な方面から聞いてきた。この件に関しては、他言はいっさい

無用、宝冠の保管にも細心の注意を払ってもらいたい。いうまでもないことだが、万一、

この宝冠になにかあったら、世間が大騒ぎするだろうからな。少し傷がつくだけでも宝冠

全体が失われるのと同じくらい重大な事態になる。なにしろ、これほどすばらしいエメラ

ルドは、世界中探しても見つからないのだから、取り替えがきかない。しかしきみには絶

大な信頼を寄せているゆえ、預けることにしようと思う。月曜日の朝に、わたしが自分で

取りにくるつもりだ』

 お客様は早くお帰りになりたいごようすでしたので、わたしはそれ以上なにもいわず、

出納係を呼んで、千ポンド紙幣を五十枚、お渡しするよう指示しました。しかしそのあと

ひとりになって、貴重なケースが目の前の机にのっているのを見ると、自分に託された責

任の重大さに不安を覚えずにはいられませんでした。この宝冠は国宝なのですから、万一

なにかまちがいでもあったら、恐ろしい騒ぎになることは目に見えています。わたしは早

くも、こんなものを預かってしまったことを後悔していました。しかし、いまさらどうす

ることもできません。わたしはそのケースを、わたしの個人の金庫へしまい、仕事にもど

りました。

 夕方になると、こんな貴重な宝を置いて家に帰るのは、いかにも軽率に思えてきまし

た。銀行の金庫はこれまでにも破られたことがあり、うちの金庫が破られない保証はあり

ません。もしそんなことになったら、わたしはどんなひどい立場に立たされることか!

そこでわたしは今後数日間、家に帰るときも、銀行にくるときも、そのケースを持ち歩い

て、かならず自分の手の届くところに置いておこうと決めました。そのつもりで馬車を呼

び、宝冠を持って、ストレタムの自宅に帰りました。そしてそれを二階の化粧室のたんす

のなかにしまって、ようやくほっとひと息ついたのです。

 ここでわたしの家の者のことを少しお話しします。それは、状況を完全に理解していた

だくためです。うちの馬丁と給仕は通いできていますので、この二人は除外していいで

しょう。メイドは三人おりますが、どれも長年うちで働いてくれていて、ぜったいに信用

の置ける者ばかりです。ほかにルーシー・パーというメイドの見習いがひとりおりまし

て、これは数ヶ月前にうちにきたばかりです。しかし、りっぱな推薦状を持ってきました

し、いつもよくやってくれています。とてもかわいらしい娘で、この娘目当てに男がとき

どき家のまわりをうろつくことがあって、それが欠点といえば欠点ですが、まあ、申し分

のない娘といっていいと思います。

 使用人はそんなところです。家族のほうはほんとうに少なくて、お話しするのにそう時

間はかかりません。家内は亡くなりまして、ひとり息子のアーサーがいるだけです。しか

しホームズさん、この息子が不出来な息子でして──ほんとうに情けないやつなんですよ。

もちろん責任はわたしにあります。わたしが甘やかしたのだと世間からいわれています。

そのとおりでしょう。最愛の妻が亡くなったとき、わたしの愛する家族はもうこの子しか

いないのだと思いました。だから、息子の顔から一瞬でも笑いが消えると耐えられなく

て、あの子の望みはなんでもかなえてやりました。たぶん、もっと厳しくしたほうが、わ

たしにとっても息子にとってもよかったのでしょうが、わたしとしてはよかれと思って

やったことなのです。わたしは当然、息子が跡を継いでくれることを期待していました

が、あの子は商売に向く器ではありませんでした。わがままで気まぐれで、正直申します

と、わたしは息子に大金の扱いを安心してまかせることはできません。息子は若いときに

ある貴族クラブに入りましたが、人あたりがよいもので、そのクラブでたちまち多くの友

人ができました。みんな金持ちで、贅ぜい沢たくな習慣のついた連中です。息子はカード

賭と博ばくや競馬に金を浪費することを覚え、借金のつけを払うために、何度もわたしの

ところへきて、小遣いをせびるようになりました。本人も一度ならず、悪いつきあいを断

とうとしましたが、そのたびに友人のサー・ジョージ・バーンウェルという男の誘惑に負

け、もとのもくあみになってしまうのでした。

 じっさい、サー・ジョージ・バーンウェルのような友人がいたら、影響を受けてしまう

のも無理はないと思います。息子がしょっちゅう家に連れてくるのですが、わたし自身、

あの男の魅力的な物腰には抗しがたいものを感じてしまいます。サー・ジョージはアー

サーよりも年上で、非常に世慣れた人物です。見聞も広く経験も豊富で、話し上手なうえ

に、たいへんな美男子です。しかし、そういう魅力的な本人のそばを離れ、冷静になって

考えてみますと、サー・ジョージはその皮肉たっぷりのしゃべり方といい、ときおり浮か

べる目つきといい、信用の置けない人間であることはまちがいないとわたしは思っていま

す。いえ、わたしだけでなく、うちのメアリーもそう思っています。メアリーは女性特有

の直感で人を見る目があるのです。

 これで、あとお話ししなければならないのはメアリーのことだけです。メアリーはわた

しの姪めいにあたります。わたしの弟が五年前に亡くなったとき、メアリーはたったひと

りとり残されました。わたしはメアリーを養子にして、以来、実の娘のように面倒をみて

きました。メアリーはわが家の太陽です。気立てがよくてやさしくて美しく、家の事も

りっぱに切り盛りしています。それでいて物静かですなおで、まったく申し分のない娘で

す。わたしの右腕といっていいでしょう。あの子がいなかったら、どうしてよいかわから

ないくらいです。しかしひとつだけ、メアリーがわたしの意に添わなかったことがありま

す。息子のアーサーが、メアリーを心底好きになりまして、二回、結婚を申し込んだので

すが、メアリーは二回とも断ったのです。わたしが思いますに、息子を正しい道に引きも

どすことができる人間がいるとしたら、それはメアリーしかいません。もし息子がメア

リーと結婚していたら、息子の人生もすっかり変わっていたかもしれません。しかし、あ

あ! もう手遅れです──永久に手遅れになってしまった!


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11/28 12:45