さてホームズさん、これでわが家の人間のことはわかっていただけたでしょう。わたし
の不幸な物語の続きをお話しします。
その夜、食後にみんなで居間でコーヒーを飲んでいました。わたしはアーサーとメア
リーに、その日の出来事を話し、この家に貴重な宝物があることも話しました。ただし、
お客様のお名前だけは伏せておきました。ルーシー・パーがコーヒーを持ってきて、また
出ていきましたが、部屋の扉が閉まっていたかどうかははっきりわかりません。メアリー
もアーサーも、その有名な宝冠に非常に興味を持って、見てみたいといいましたが、わた
しはそんなことはしないほうがいいと思いました。
『その宝冠はどこに置いているんです?』アーサーがたずねました。
『わたしのたんすのなかだよ』
『夜中に強盗でも入らなきゃいいですが』とアーサー。
『鍵かぎをかけてある』とわたし。
『あのたんすなら、どんな使い古しの鍵だってあけられますよ。現にぼくも子供のころ、
納戸の戸棚の鍵であけたことがある』
アーサーはよく口からでまかせをいいますので、わたしはその言葉を気にもかけません
でした。しかしその夜、わたしが自分の部屋へ引きあげますと、アーサーもひどく深刻な
顔でついてきたのです。
『ねえ、父さん』とわたしの目を見ずにいいます。『二百ポンド都合してもらえません
か』
『だめだ!』わたしは厳しくいいました。『金のことではいままでおまえに甘くしすぎて
きた』
『もちろん、ほんとうにお世話になったと思ってます。だけど、どうしても金が必要なん
です。でないと二度とクラブに顔出しできなくなってしまう』
『そうなったらすばらしいじゃないか!』わたしは大声でいいました。
『そうです。でも、ぼくが借金を踏み倒したという汚名を着せられたままクラブを去るの
は、父さんだって不本意でしょう? ぼくは名誉を傷つけられるのは耐えられない。なん
としても金をつくらなきゃいけないんです。もし父さんが助けてくれないなら、別の方法
を考えないといけない』
わたしは非常に腹が立っていました。一ヶ月でもう三度目の無心だったからです。『び
た一文出しはせんぞ』そうどなると、息子は頭をさげて、なにもいわずに出ていきまし
た。
アーサーが出ていってから、わたしはたんすをあけて、宝物が無事であることを確認
し、もう一度しまって鍵をかけました。それから家中をまわってきちんと戸締まりができ
ているかどうかたしかめました。いつもはメアリーにまかせているのですが、その夜は自
分でやりたかったのです。階段をおりていくと、メアリーが玄関ホールの横の窓際で戸締
まりをしていました。わたしはメアリーに近づきました。
『おじさま』メアリーは少し動揺した感じでいいました。『今晩、メイドのルーシーに外
出の許可を出されました?』
『出すものか』
『たったいま、ルーシーが勝手口から入ってきたんです。だれかに会いに、くぐり戸のほ
うへいっただけだと思いますが、不用心なので、やめさせないといけませんわ』
『朝になったらおまえからよくいっておきなさい。気がすすまんなら、わたしからいって
もいいが。戸締まりはぜんぶ確認したかい?』
『ええ、大丈夫です』
『では、おやすみ』わたしはメアリーにキスをして、自分の部屋にもどり、すぐに眠りま
した。
ホームズさん、事件に関係のありそうなことはすべてお話しするように努めているんで
すが、もしはっきりしない点がありましたら、どうぞ質問してくださいよ」
「いや、あなたのお話は非常にわかりやすい」
「これからお話しする部分は、とくにわかりやすくお話ししたいと思います。わたしはも
ともと眠りは深いほうではないのです。その日は心配事もあったせいで、さらに寝つきが
悪くなっていたにちがいありません。夜中の二時ごろ、家のなかで物音がして、目が覚め
ました。はっきり目が覚めたときにはもう音はやんでいたのですが、なんとなく、どこか
で窓がそっと閉まった音だったような気がしました。わたしは横になったまま、聞き耳を
立てていました。するととつぜん、恐ろしいことに隣の部屋でこっそり動きまわる足音
が、はっきりと聞こえてきたのです。わたしは恐怖に震えながら、ベッドからおりて化粧
室の扉のすきまからなかをのぞきました。
『アーサー! この悪党め! 泥棒め! 宝冠に手を出すとは、なんてやつだ!』
ガス灯は寝る前に小さくつけておいたままで、不ふ埒らちな息子はシャツにズボンとい
ういでたちで、その明かりのそばに立ち、両手で宝冠を抱えていました。その宝冠を力
いっぱいねじ曲げようとしているように見えます。わたしが叫び声をあげると、息子は驚
いて宝冠を落とし、死人のように真っ青な顔になりました。わたしは急いで宝冠を拾いあ
げ、調べました。金でできた一角が、そこについていた三つのエメラルドごとなくなって
います。
『このごろつき!』わたしは叫び、怒りに我を忘れました。『宝冠を壊したな! おまえ
のおかげでわたしの名誉は永遠に傷ついた! 盗んだ宝石はどこだ!』
『盗んだ?』アーサーは大声でいいました。
『そうだ、泥棒!』わたしはわめき、息子の肩を揺さぶりました。
『なにもなくなっちゃいませんよ。なくなるはずがない』アーサーはいいます。
『三つなくなってるじゃないか。知ってるだろう、どこにやったんだ? 泥棒をしたうえ
に、噓までつくのか? おまえがもうひとつねじり取ろうとしていたのを、この目で見た
んだぞ』
『そこまでひどいことをいわれるとは。もうがまんできない。父さんがぼくを侮辱するな
ら、この件に関しては、もうひと言もしゃべらないぞ。朝になったらこの家を出て、ひと
りで生きていきます』
『おまえのいく場所は警察だ!』わたしは怒りと悲しみのあまり、半狂乱になってどなり
ました。『徹底的に調べてもらうからな』
『調べたって無駄です』アーサーは日頃見せたことのないような激しさでいいます。『警
察を呼びたいなら、なんでも好きなように調べてもらったらいい』
わたしが怒りにまかせて大声をあげたので、そのころにはもう家中の者が起きていまし
た。最初に部屋に駆け込んできたのはメアリーで、宝冠とアーサーの顔を見て、すべてを
悟ったのでしょう、悲鳴をあげてそのまま気を失ってしまいました。わたしはメイドに警
察を呼びにいかせ、すぐさま調査をお願いしました。アーサーはふてくされて腕組みをし
て立っていたのですが、警部さんと巡査が家にやってきたとき、自分を警察に突き出すつ
もりかとわたしにたずねてきました。わたしは、この件は私わたくし事ごとではすまされ
ない、公おおやけの問題として扱うべきだと答えました。なんといっても国宝が壊された
のですから。わたしとしては、なにもかも法律の定めるとおりにするつもりでした。