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ボール箱(2)
日期:2024-01-31 23:37  点击:285

「まさに大当たりだよ! 細かく説明してもらっても、まだ信じられない気分だ」

「ワトスン、こんなのはほんのお遊びだよ。あのとき僕の言葉をすんなり信用してくれて

いれば、こういうよけいなまねをするつもりはなかったんだがね。さて、読心術ごっこは

このくらいにして、もっと難しい問題に取り組むとしよう。ここにちょっとした事件があ

るんだ。クロイドンのクロス街に住むスーザン・クッシングという女性に郵送された小包

のことが、新聞に小さな記事で出ていたね。読んだかい?」

「いや、読んでいない」

「へえ! じゃあ見落としたんだな。その新聞をこっちに放ってくれないか。ほら、この

記事だよ。経済欄のすぐ下だ。声に出して読んでくれるとありがたいんだが」

 ホームズが投げ返してきた新聞を拾いあげ、私はその記事を読み始めた。見出しは『お

ぞましい小包』とある。

 クロイドンのクロス街に住むミス・スーザン・クッシングは、きわめて悪質ないたずら

に遭った。ただのいたずらでないとすれば、もっと不吉な意味合いが含まれていることに

なる。昨日の午後二時、ミス・クッシングのもとに茶色い小包が郵便で届いた。包装紙を

はがすとボール箱が現われ、中に粗塩が詰めこんであり、そこからふたつの人間の耳が出

てきた。しかも恐ろしいことに、いずれも切り取られたばかりのものだった。

 小包は昨日の午前中にベルファストから発送されていたが、差出人は不明である。ミ

ス・クッシングは五十歳になる未婚女性で、長年静かな生活を送り、人づきあいも手紙の

やりとりも少ない。郵便物を受け取ること自体めったになかったことから、謎はますます

深まっている。

 ただ、数年前にペンジに住んでいた頃、自宅の一部を三人の若い医学生に貸していた

が、騒がしくて生活も不規則だったため、やむなく退去させたことがあったという。警察

では、今回の悪質な行為はその学生たちのしわざであり、当時のことを逆恨みした三人が

解剖室の死体から耳を切り落とし、脅し目的でミス・クッシングに送りつけたものと見て

いる。ミス・クッシングによれば、その三人の学生のうち一人はアイルランド北部の出身

で、それもベルファストだった記憶があるとのことで、この説が有力視されている。ス

コットランド・ヤードの腕利き刑事、レストレイド警部が事件を担当し、鋭意捜査中であ

る。

「以上がデイリー・クロニクル紙の記事だ」私が読み終わると、ホームズは言った。「お

次は我らが友人、レストレイド君の登場だ。今朝届いた彼の手紙を読みあげよう」

 本件は貴殿の得意とされる分野かと存じます。当方、解決する自信は充分あるものの、

糸口をつかむのに少々手こずっておる次第です。申すまでもなくベルファスト郵便局に電

報で問い合わせましたが、当日の取り扱い小包は膨大な数にのぼるため、問題の小包や差

出人について覚えている者は誰もいませんでした。小包に使用された箱は、糖とう蜜みつ

入り煙草の半ポンド箱と判明しましたが、捜査の手がかりにはならんでしょう。今のとこ

ろ医学生犯人説がもっとも有力だと思いますが、もし貴殿がお手すきであれば、現地まで

ご足労いただけないでしょうか。わたしは終日、被害者宅もしくは地元の警察署におりま

す。

「どうする、ワトスン? この暑さに負けず、僕と一緒にクロイドンまで乗りこむ元気が

あるかい? もしかしたら、これはきみの事件簿にうってつけの材料かもしれないよ」

「なにかやりたくて、うずうずしていたところなんだ」

「じゃあ、ちょうどいい。外出用の靴を用意したあと、誰かに辻つじ馬車を呼びにいかせ

てくれ。僕はすぐにガウンを着替えて、葉巻入れを詰め替えてくる」

 汽車に乗っているあいだににわか雨が降り、クロイドンに着いたときにはロンドンより

も暑さが和らいでいた。ホームズが電報で知らせておいたので、レストレイド警部が駅に

迎えにきてくれた。相変わらず針金のように瘦やせ、見るからに機敏そうで、イタチっぽ

い容よう貌ぼうだった。駅から五分も歩くと、ミス・クッシングが住むクロス街に着い

た。

 二階建てのレンガ造りの家がずっと続く、かなり長い通りだった。どの家もこぢんまり

として手入れが行き届き、玄関の白い石段でエプロン姿の女たちが立ち話をしている。通

りを半分ほど進んだとき、ある家の前でレストレイドが足を止め、玄関をノックした。ド

アを開けたのは小柄な若いメイドで、私たちをミス・クッシングのいる表側の部屋へ案内

した。彼女は穏やかで大きな目をした、落ち着いた感じの婦人だった。真ん中で分けた灰

色の髪がこめかみから耳の後ろへとゆるやかな曲線を描いている。膝ひざの上には縫いか

けの椅子カバーがのっていて、かたわらのスツールには色とりどりの絹糸を入れたかごが

置いてあった。

「あの気味の悪いものなら、離れにありますわ」レストレイド警部が入っていくと、ミ

ス・クッシングは言った。「早く持っていってくださいな」

「そういたしましょう、クッシングさん。その前に、あなたの立ち会いのもとでホームズ

さんにあれを見ていただかなければなりません」

「なぜわたくしが立ち会うんですの?」

「ホームズさんがなにか訊ききたいことがあるかもしれませんので」

「わたくしに訊いても無駄ですよ。なにも知らないと申しあげたはずでしょう?」

「おっしゃるとおりです」ホームズがなだめすかす口調で言った。「このたびは、さぞか

し不快な思いをされたことでしょうね」

「ええ、本当に。これまでなにごともなく静かな隠居生活を送っていましたのに、こんな

ことになってしまって。新聞に名前が載るのも、家に警察が来るのも、生まれて初めての

ことですのよ。レストレイドさん、あんなものをここへ持ってこられては困ります。ご覧

になりたければ、離れへいらしてください」

 離れというのは家の裏手の狭い庭にある、小さな納屋だった。レストレイドは中へ入っ

て、黄色いボール紙の箱を茶色い包装紙や紐ひもと一緒に持ってきた。庭の小こ径みちの

突きあたりにベンチがあったので、私たちはそこに並んで腰かけ、ホームズがレストレイ

ドから手渡される物をひとつひとつ入念に調べていった。

「この紐は実に興味深いね」ホームズは紐を光にかざして見たり、臭いを嗅かいだりし

た。「これをどう思う、レストレイド君?」

「タールが染みこませてありますね」

「正解。タール加工した麻紐だ。もうひとつ、ミス・クッシングがはさみを使って紐を

切ったことにも気づいただろう? 切り口の両端がほつれているからね。これは重要な点

だ」

「どうして重要なんです? わたしにはさっぱり」

「結び目がそのまま残っていて、その結び方が非常に変わっているからだよ」

「かなりていねいな結び方ではありますね。それに関してはきちんと記録しておきました

よ」レストレイドは得意げに言った。


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09/29 17:30