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ボール箱(6)
日期:2024-01-31 23:37  点击:291

「レストレイドは抜かりなくやってくれたようだよ」ホームズは顔を上げて私を見た。

「なんて書いてあるか、興味があるだろう? 読んであげるよ」

 拝啓 ホームズ様

 ブラウナー犯人説を実証するために練ったわれわれの計画に従って(〝われわれ〟とは

まいったね、ワトスン)、昨日午後六時にアルバート埠ふ頭とうへ出向き、リヴァプー

ル・ダブリン・ロンドン郵船会社所属の汽船、メイデイ号の船内に立ち入りました。捜査

の結果、ジェイムズ・ブラウナーなる客室係が航海中に挙動がおかしくなり、船長命令に

よって勤務からはずされていたことが判明しました。船室へ下りていくと、問題の男は衣

い裳しよう箱に座って両手で頭を抱え、身体を前後に揺らしていました。図ずう体たいの

大きい頑丈そうな男で、ひげをきれいに剃そり、肌は浅黒く、例のいんちき洗濯屋事件で

捜査に協力してくれたオールドリッジに似ています。警察が来たと知るや、ブラウナーは

飛びあがりました。わたしは近くにいる水上警察の応援を頼もうと呼び子を吹きかけまし

たが、ブラウナーは抵抗するそぶりをいっさい見せず、おとなしく両手を差しだしたの

で、手錠をかけて留置場へ連行しました。

 犯罪の証拠品が入っているかもしれないと思い、衣裳箱も押収しましたが、残念ながら

空振りに終わりました。船員ならたいがい誰でも持っている鋭い大型ナイフを除けば、め

ぼしい物は見つかりませんでした。しかし、証拠固めの必要はもうないでしょう。署で取

り調べを受けると、すぐに供述を始めたのです。その内容を速記者が記録し、タイプライ

ターで調書を三通作成しましたので、うち一通を同封いたします。わたしの思ったとおり

実に単純な事件でしたが、貴殿のお力添えには心より感謝しております。 敬具

G・レストレイド

「ふん! 思ったとおり実に単純な事件でした? まったくあきれたね」とホームズ。

「僕に協力を要請してきたときは、暗中模索の状態じゃなかったか? まあ、いい。ブラ

ウナーがどんなことを供述したのか、読んでみるとしよう。取り調べにあたったのはシャ

ドウェル警察署のモンゴメリー警部だ。この供述調書、ブラウナーがしゃべったとおりに

一字一句記録してあるぞ。感心だな」

「言いたいことはあるかって? ありますとも、山ほど。腹にたまってるものを洗いざら

い吐きだして、すっきりしたいんですよ。絞首刑にされようが、ほっとかれようが、どっ

ちだってかまいません。好きなようにしてください。ああいうことをやっちまって以来、

夜も眠れやしない。もう永眠するときまで目を閉じられないんでしょうね。なぜって、ま

ぶたの裏に顔がちらつくからですよ。あの男の顔のときもありますが、たいていは女房の

顔です。絶えずどっちかの顔が脳裏にへばりついてるってわけです。男の怒ったようなし

かめつら、女のびっくりした表情。ああ、白い子羊みたいな女だった。あいつが驚くのも

無理はないですよ。自分にぞっこんだと思ってた亭主が満面に殺意をみなぎらせてたんで

すからね。

 それもこれも、全部セアラが悪いんだ。呪ってやる。破滅した男の怨おん念ねんで全身

の血が腐っちまうがいい! いや、責任逃れしようってんじゃないんです。やめた酒にま

た手を出すなんて、おれはどうしようもないろくでなしだ。だけど女房はきっと許してく

れましたよ。おれを見捨てないで、滑車に巻きついたロープみたいに寄り添ってくれたは

ずなんだ。あの憎らしい女がちょっかいを出しさえしなけりゃね。セアラ・クッシングは

おれに惚ほれてたんですよ。それが不幸の始まりだった。あの女に身も心も捧ささげられ

ようが、おれにとっちゃ泥に残った女房の足跡のほうがずっと大事だった。セアラはそれ

を知ったとたん、かわいさ余って憎さ百倍ってやつで、執念深く仕返しを始めたんです。

 女房は三人姉妹の末っ子で、長女は善人だが次女は悪魔、三女はまさに天使でしたよ。

おれはメアリーが二十九歳のときに結婚したんですが、次女のセアラはそのとき三十三歳

でした。所帯を持ったばかりの頃は、ただもう幸せでした。リヴァプール中探したって、

メアリーほどいい女はいやしないと思ってましたからね。そのうちセアラが一週間の予定

で遊びにきたんですが、一週間が一カ月に延び、なんやかや言ってるうちに、とうとう我

が家に居ついちまったんです。

 そのときはちゃんと禁酒してたし、ちょっとばかり貯金も増えてたんで、おれはできた

ての硬貨みたいにぴっかぴかの気分でした。それがこんなことになるなんて、いったい誰

が予想できるっていうんです? 夢にも思わなかったはずですよ。

 おれは週末はだいたい家に帰ってたし、積み荷の都合で出航が遅れて、丸一週間自宅に

いることもあったんで、義姉のセアラと顔を合わせる時間はけっこう長かったんです。す

らりと背が高い黒髪の美人で、頭の回転が速く、気性の激しい女です。いつもつんと澄ま

して、目は火打ち石みたいに火花を散らしてました。だけどおれはかわいいメアリーしか

目に入らなかった。セアラになんか見向きもしなかった。本当ですよ。神に誓ってもい

い。セアラがおれに気があるってことはうすうす感づいてたんです。二人きりになりた

がってるそぶりを見せたり、散歩に誘ったりしましたからね。もちろん、こっちはそんな

気は全然ないから取り合いませんでしたよ。

 ところが、ある晩、恐れてたことが起こったんです。下船して帰宅すると、女房は外出

していて、セアラだけが家にいました。『メアリーは?』と訊きくと、『ああ、なにかの

支払いで出かけたわよ』という返事です。おれがそわそわして部屋の中を歩きまわってる

と、こう言われました。『ジム、あなたってメアリーなしでは五分もいられないのね。少

しくらいわたしの相手をしたらどうなの? これじゃあんまり失礼よ』

『ああ、それはすまなかった、義姉ねえさん』そう言って、おれがなんの気なしに手を差

しだしたら、セアラは食いつかんばかりに両手で握りしめたんです。それも燃えてるみた

いに熱い手で。目をのぞきこむと、どんな気持ちかは全部そこに書いてありました。言葉

にしてもらう必要はなかったし、こっちもなにも言いたくないですから、無言で眉まゆを

ひそめ、手を引っこめましたよ。セアラはしばらく黙りこんで突っ立ってましたが、その

あと急におれの肩を叩たたいて、『ジムったら、意気地なしね!』とせせら笑い、部屋か

ら飛びだしていきました。

 セアラが心の底からおれを憎むようになったのは、そのときからです。人を憎むことの

できる性分なんですよ。なのにあんな女を家に置いとくなんて、おれは大ばか者です。気

に病むといけないんで、セアラとの一件はメアリーには黙ってました。しばらくは平穏に

過ぎたんですが、そのうちにメアリーの様子が少しずつ変わり始めました。あんなに素直

で無邪気な性格だったのに、やたらと疑うたぐり深くなったんです。どこでなにをしてた

のか、誰から手紙をもらったのか、ポケットになにが入ってるのか、そんなくだらないこ

とばかり探りたがる。それが日ごとにしつこくなって、とげとげしい態度を取るもんだか

ら、当然つまらないことですぐけんかになります。ほとほと困り果てました。

 セアラはというと、おれを避けるようになって、今度はメアリーにべったりです。今思

うと、おれにつれなくされた腹いせに、メアリーにあることないこと吹きこんでたんで

しょう。でもあのときはそうとは知らず、わけがわからなくて、ただ悶もん々もんとして

ました。で、とうとう禁酒の誓いを破っちまったわけです。それでもメアリーが以前と変

わらずにいてくれたら、酒に溺おぼれるようなことはなかったでしょう。だがそうじゃな

かった。メアリーにすれば、おれに愛想を尽かす材料がまたひとつ増えたわけで、夫婦の

あいだの溝は広がるばかりでした。そこへアレック・フェアベアンという男が割りこんで

きて、事態はますます悪い方向へ転がってったんです。


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09/29 19:18