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黄色い顔(6)
日期:2024-01-31 23:37  点击:297

「あれがぼくの家です」マンロウは木立のあいだに見える明かりを指した。「そしてここ

が、これから踏みこむ家です」

 小道の途中にある角を曲がると、目的の家はすぐそこに見えた。真っ暗闇の前庭に一条

の黄色い光が落ちているので、玄関のドアが細く開いたままになっているようだ。二階の

窓に一箇所、明かりが煌こう々こうとともっている。われわれがそこへ目をやると、ブラ

インド越しに黒い影が動いた。

「あいつだ」マンロウが声をあげた。「ご覧になったでしょう、あの部屋に誰かいます。

あとに続いてください。これで謎が解けますよ」

 ところが玄関に近づくと、暗がりから女が飛びだしてきて、ドアから洩もれているラン

プの金色の光をさえぎった。顔は影になって見えないが、哀願するように両腕を差しだし

ている。

「ジャック、お願い、やめて!」女は叫んだ。「胸騒ぎがすると思ったら、やっぱりここ

へ来たのね。どうか考え直して! もう一度わたしを信じてちょうだい。でないと取り返

しのつかないことになるのよ」

「信じるのはもうこりごりだ!」マンロウは強情な口調で言った。「そこをどいてくれ、

エフィ! 止めても無駄だ! 友人たちに立ち会ってもらって、きっちり決着をつける」

 マンロウは妻を脇へ押しのけて玄関へ向かい、ホームズと私もあとをついて行った。ド

アを開けると、年配の女性がすばやく前に立ちはだかったが、マンロウは彼女を突き飛ば

して奥へ進み、三人で階段を駆けあがった。マンロウが明かりのついている部屋へ真っ先

に飛びこんだ。私たちもすぐ後ろに続いた。

 そこは上等の家具をそろえた、ぬくもりを感じさせる部屋で、テーブルと暖炉の上に二

本ずつ置かれたろうそくが炎を揺らめかせている。部屋の隅では、少女らしき人物が机に

かがみこんでいた。向こうを向いているので顔はわからないが、赤い服を着て、白い長手

袋をはめている。そのとき、少女が突然こちらを振り返った。私は驚きと恐怖で叫び声を

あげた。その顔はなんとも不気味な鉛色がかった黄色で、表情がまったくなかったのだ。

 しかし、謎はすぐに解けた。ホームズが笑いながら少女の耳の後ろに手を伸ばすと、仮

面がぽろりとはがれた。その下から現われたのは小さな黒人の顔だった。凝然とする私た

ちを見て、真っ白な歯で笑っている。その陽気な笑顔につられて、私も思わず笑いだし

た。けれどもグラント・マンロウは目を見開いたまま、片手で喉のどもとを押さえて立ち

すくんでいた。

「いったいどういうことなんだ!」マンロウは叫んだ。

「わたしが説明します」彼の妻がおごそかな表情で部屋につかつかと入ってきた。「伏せ

ておきたかったのですが、こうなってはしかたありません。すべてお話しして、二人で最

善の道を選ぶしかないでしょう。実は、前の夫はアトランタで亡くなりましたが、子供は

助かったのです」

「きみの子なのか!」

 マンロウ夫人は胸もとから大きな銀のロケットを出した。「これまで開いて見せたこと

はなかったわね」

「開くとは思わなかった」

 夫人がバネに触れると、蝶ちよう番つがいのついた蓋ふたがぽんと開いた。中から現れ

たのは、りりしくて聡そう明めいそうな、まぎれもなくアフリカ系の容よう貌ぼうをそな

えた男性の肖像写真だった。

「前の夫のジョン・ヘブロンです」夫人は言った。「かけがえのない立派な人でした。人

種のちがいはあっても、結婚して一緒に暮らしていたあいだ、後悔をおぼえたことは一瞬

たりともありません。ただ、一粒種の娘はわたしよりも父親の家系の血を強く受け継ぎま

した。このルーシーは肌の色が父親よりもずっと濃いのです。でも肌の色がどうだろう

と、かわいい娘であることに変わりはありません。この子はわたしの大切な宝物です」

 それを聞いて、少女は母親に駆け寄り、ドレスのスカートにしがみついた。

「娘をアメリカに残してきたのは、病弱なため、慣れない土地での暮らしは身体にさわる

のではないかと心配だったからです。それで、以前からずっとうちにいたスコットランド

生まれの信頼できる乳母に預けたのですが、親子の縁を切るつもりはみじんもありません

でした。でもジャック、あなたと出会って、あなたを愛するようになったら、娘のことを

話すのが怖くなったのです。あなたを失うかもしれないと思うと、どうしても打ち明ける

勇気が出ませんでした。あなたと娘のどちらかを選ぶしかなくなり、意気地のないわたし

は幼い我が子に背を向けてしまったのです。

 あなたに娘のことを黙ったまま、三年が経ちました。乳母からの便りで、この子が元気

で暮らしていることはわかっていましたが、一目会いたいという気持ちはつのる一方で、

とうとう居ても立ってもいられなくなりました。そこで、数週間くらいなら隠し通せるの

ではないかと思い、そばへ呼び寄せることにしたのです。

 乳母に百ポンドを送り、わたしとはなんのつながりもないふりをしてこのコテージに

引っ越してくるよう伝えました。用心のため、昼間は決して娘を外に出さず、家にいると

きも顔と手を隠させることにしました。窓越しに近所の人から見られて、黒人の子がいる

と騒がれては大変だと思ったからです。冷静になって考えれば、そこまで神経質になるこ

とはなかったのかもしれません。でもそのときは、あなたに真実を知られたら一巻の終わ

りだとおびえるあまり、まともな判断ができなくなっていたのです。

 コテージに誰か引っ越してきたと最初に教えてくれたのは、あなたでした。朝まで待て

ばよかったのですが、その晩は興奮して寝つけそうにありませんでしたし、眠りの深いあ

なたが目を覚ますはずはないと思ったので、夜中にこっそり家を抜けだしました。ところ

が、それをあなたに見られてしまいました。わたしの苦悩はそのときから始まったので

す。

 翌日はコテージに来ていたところをあなたに見られ、隠し事をしているのを知られてし

まいました。幸いあなたの潔い判断のおかげで、問い詰められずに済みましたが、その三

日後にはあなたが玄関から飛びこんできて、乳母と娘が間一髪で裏口から逃げだすという

事態になりました。そしてとうとう今夜、なにもかも知られてしまったのです。どうか教

えてください。わたしたち母と娘は、どうしたらいいのでしょう」マンロウ夫人は両手を

握り合わせて返事を待った。

 重苦しい沈黙が二分ほど続いたあと、グラント・マンロウがようやく口を開いた。彼の

返事は、今思い返しても胸がじんと熱くなるものだった。彼は女の子を抱きあげてキスす

ると、もう一方の腕を妻に差し伸べ、ドアのほうを向いた。

「詳しいことはうちへ帰ってから、ゆっくり話し合おう」マンロウは言った。「エフィ、

ぼくはたいして立派な男じゃないが、きみが思っているほど話のわからない人間じゃない

よ」

 ホームズとわたしは親子三人のあとからコテージを出た。小道まで来ると、ホームズが

私の袖そでを引っ張った。

「ワトスン、ノーベリではもう僕らの出番はなさそうだから、ロンドンへ戻るとしよう」

 ホームズはそれきり事件についてはなにも言わなかったが、その晩遅く、ろうそくを手

に寝室へ引き取る際、ぽつりとこう言った。

「ワトスン、これから先、もし僕がおのれの能力を過信したり、事件捜査に骨惜しみする

ようなことがあったら、〝ノーベリ〟と耳打ちしてくれないか。頼んだよ」


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09/29 19:23