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グロリア・スコット号(6)_シャーロック・ホームズの回想(回忆录)_福尔摩斯探案集_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

 甲板に通じるドアは、船医が鍵かぎをあけたままにしておいたため、囚人たちはそこか

ら一斉に飛びだした。まず歩ほ哨しよう兵二人が射殺された。騒ぎを聞いて駆けつけた伍

ご長ちようも銃弾に倒れた。談話室の入口にも歩哨が二人いたが、マスケット銃に弾をこ

めておかなかったのか、発砲せずに銃剣で戦いを挑んできて、最後は撃ち殺された。その

あとわれわれは船長室を襲撃しようとしたが、ドアを開けたと同時に室内で銃声が響い

た。船長はテーブルに鋲びようで留められた大西洋の海図の上に突っ伏し、そのかたわら

には教誨師が銃口から硝煙が立ちのぼるピストルを手に立っていた。二人の航海士は乗組

員に取り押さえられていたから、これで勝負は完全についたかに思われた。

 船長室の隣が談話室だったので、一同はそこに集まって長椅子に腰を下ろし、興奮して

がやがやと騒いだ。みんな自由を取り戻した喜びで有頂天になっていた。壁際には錠前つ

きの戸棚が並んでいたが、偽教誨師のウィルスンが扉をひとつこじ開け、褐色のシェリー

酒の瓶を十本ばかり取りだした。瓶の首を叩き割ってシェリー酒をグラスに注ぎ、全員で

祝杯をあげようとしたまさにそのとき、いきなり銃の乱射音が耳をつんざいた。室内には

もうもうと煙が立ちこめ、テーブルの向こうさえ見えなくなった。ようやく視界が利くよ

うになると、目の前には地獄絵が現われた。ウィルスンを含めて九人が床の上に折り重

なって倒れ、苦しげにのたうちまわっていたのだ。テーブルに流れ落ちた鮮血と褐色の

シェリー酒を思い出すと、今でも吐き気をもよおす。

 その酸鼻をきわめる光景には誰もが震えあがった。プレンダーガストがいなかったら、

あっさり降伏していたかもしれん。プレンダーガストは雄牛さながらに猛たけり吠ほえ、

ドアに向かって突進した。わしら生き残りも全員あとに続いた。外へ飛びだすと、船尾楼

甲板にマーティン大尉と十人の兵士がいた。談話室のテーブルのちょうど真上にある天窓

が細く開いている。そこから室内に向かって発砲したのだ。

 われわれは相手に弾丸をこめ直す暇を与えず、猛然と飛びかかった。やつらは兵士らし

く果敢に立ち向かったが、こちらのほうが優勢で、ものの五分もせずに決着した。まった

く、あのときの船上ほど残虐な場面がこの世にあるだろうか? プレンダーガストは怒り

狂う悪魔と化し、兵士たちを赤子のごとくむんずとつかんでは、生きていようが死んでい

ようが手当たり次第に海へ投げこんだ。深手を負った軍曹が驚くほど長いあいだ水面でも

がいていたが、最後は誰かが頭にとどめの一発をぶちこみ、楽にしてやった。戦いが終

わったとき、生き残った敵は捕虜の看守二人と航海士二人、それから医者だけだった。

 捕虜をどうするかについては、激しい議論が交わされた。大半の者は、再び自由の身に

なれただけで満足だから、これ以上人殺しはいやだと言った。武装した兵士を倒すのと、

丸腰の人間がむごたらしく殺されるのを傍観するのとは別の話だからな。わしを含む囚人

五人と船員三人の合わせて八人が、捕虜を殺すことに反対した。しかしプレンダーガスト

と彼に賛成する者たちは一歩も譲らない。おれたちが無事に逃げおおせるには敵を皆殺し

にするしかない、証人席でべらべらしゃべられたら迷惑だ、と言い張った。

 もう少しで、反対意見のわれわれも捕虜と一緒に始末されかねない雲行きになったが、

最終的にプレンダーガストが、そんなにいやなら今すぐ救命ボートで失うせたらどうだと

言った。こっちは一も二もなく承知した。血みどろの暴力にはほとほとうんざりしていた

うえ、このまま船に残れば事態がさらに悪化するのは目に見えていたからだ。ボートには

人数分の水夫服と一樽たるの水、塩漬け肉とビスケットの小こ樽だるが一個ずつ、そして

羅針盤が積みこまれた。プレンダーガストが投げてよこした海図によれば、現在位置は北

緯十五度、西経二十五度だった。もやい綱を切ると、われわれは難破船の水夫として漕こ

ぎだしたのだった。

 さあ、愛する息子よ、物語はここから佳境に入る。暴動のあいだ、船員たちは船の速度

を落としていたが、われわれのボートが離れると、前部マストの帆ほ桁げたを回して風に

直角に向け、帆が風をはらむようにした。折からの北東の微風で、グロリア・スコット号

はゆっくりと遠ざかっていった。

 一方、救命ボートは穏やかな波に揺られていた。集団の中で一番学のあるエヴァンズと

わしがそれぞれ船首と船尾に座り、現在位置を確認しながら、どこの海岸を目指すべきか

検討した。西アフリカ沖のベルデ岬までは北へ五百マイル、アフリカ大陸沿岸までは東へ

七百マイルの位置だったから、なかなかの難題だった。しかし風向きが北に変わりつつ

あったので、西アフリカのシエラ・レオネを目的地に決め、そちらへ針路を取った。その

とき、右う舷げん後方にいるグロリア・スコット号はもうじき見えなくなろうとしてい

た。われわれがその姿を見送っていると、突如、船から真っ黒な煙が噴きあがり、地平線

上に化け物じみた樹木のように広がった。数秒後、雷鳴さながらの轟ごう音おんが鳴り響

いた。煙がようやく薄くなったときには、グロリア・スコット号は跡形もなく消えてい

た。われわれは即座にボートの向きを変え、全力で漕ぎ、まだ海上に煙がうっすら残って

いる惨事の現場へたどり着いた。

 すでにだいぶ時間が経過していたため、もう誰も助けられないだろうと最初は思った。

沈没が起きたと思われる場所には、船体の残ざん骸がい、木箱のかけら、帆桁や帆柱の破

片などが波間をゆらゆらと漂っていたが、人の姿はどこにもなかった。あきらめて遠ざか

ろうとしたとき、助けを呼ぶ声が聞こえた。少し離れた海面で残骸の上に男が横たわって

いた。ボートに引きあげたところ、ハドスンという名の若い船乗りだとわかった。火傷や

けどがひどく、ぐったりしていたため、事情を語ることができたのは翌朝になってから

だった。

 ハドスンの話によれば、われわれのボートが離れていったあと、プレンダーガストたち

が生き残った五人の捕虜の始末に取りかかった。まず二人の看守が射殺され、海に捨てら

れた。三等航海士も同じ運命をたどった。次にプレンダーガストは中甲板へ下り、自らの

手で不運な船医の喉のどをかき切った。最後の一人となった一等航海士は勇猛な男だっ

た。プレンダーガストが血だらけのナイフを手に近づいていくと、どうやってゆるめたの

か、縄を振りほどいて甲板へ駆けだし、船尾の船倉に逃げこんだ。

 十人ほどの囚人がピストルを手にあとから下りていくと、一等航海士はマッチ箱を握り

しめ、蓋ふたの開いた火薬樽の脇に座りこんでいた。船内には火薬樽がまだほかに九十九

個ある。航海士は、ちょっとでも手出ししてみろ、船もろとも吹き飛ばしてやる、と怒

鳴った。爆発が起きたのはその直後だった。航海士がマッチで点火したのではなく、囚人

の撃った弾が的をそれて樽に命中したんだろう、とハドスンは言った。原因がなんであ

れ、グロリア・スコット号は、それを乗っ取った無法者一味とともに海の藻も屑くずと消

えたのだった。

 愛する息子よ、これがわしの身に起きた恐ろしい出来事の全ぜん貌ぼうだ。翌日、ボー

トはオーストラリアへ向かうブリッグ型帆船ホットスパー号に救助された。船長はわれわ

れが難破船の乗組員の生き残りだという話をすんなり信じてくれた。その後、囚人護送船

グロリア・スコット号は洋上で行方不明になったと海軍本部に正式に判断されたため、真

相を取り沙ざ汰たされることはいっさいなかった。

 ホットスパー号での至れり尽くせりの航海を終え、われわれはオーストラリアのシド

ニーで下船した。わしとエヴァンズは名前を変えて金の採掘場へ向かった。そこでは世界

中から人が集まっていたので、身元を偽るのになんの苦労もいらなかった。

 その後のことは語るまでもなかろう。エヴァンズもわしも金をしこたま稼いで、世界各

国をめぐった。やがて裕福な植民地出身者としてイギリスに帰国すると、地方に屋敷をか

まえた。これまで二十年以上にわたり、世のため人のためになることを心がけて平穏に暮

らし、過去を永久に葬り去ろうとしてきた。それだけに、うちへあの男がひょっこり現わ

れたのはまさしく青天の霹へき靂れきだった! 難破船から救出してやった船乗りだとい

うことは一目でわかった。どういう手を使ったか知らんが、やつはわれわれの居場所を突

きとめ、恐喝しようともくろんだのだ。

 あの男にどうしても逆らえなかった理由は、これでわかってもらえただろう。だが、や

つはとうとう捨て台詞ぜりふを吐いて出ていき、もう一人の餌食のもとへ向かった。息子

よ、恐怖におののく父の気持ちをどうか察しておくれ。

 ワトスン、このすぐあとに、ほとんど判読不能な震える字でこうしたためてある。『ベ

ドウズから届いた暗号文で、Hがすべて暴露したことがわかった。神よ、どうかお慈悲

を!』

 あの晩、ヴィクターに読んで聞かせた告白文はこれで終わりだ。父上を亡くした直後

だっただけに、相当な打撃だったろうね。彼は悲嘆に暮れて、インドへ渡り、テライの農

園で茶の栽培業を始めた。人づてに聞いた話では、今もそこで不自由なく暮らしているそ

うだ。

 ハドスンとベドウズは、警告の手紙が書かれた日をかぎりに消息を絶っている。二人の

行方は杳ようとして知れない。警察にはなんの通報もなかったわけだから、ハドスンが脅

しを実行したというのはベドウズの早とちりだったんだろう。地元であたりをうろつくハ

ドスンが目撃されていたので、警察は彼がベドウズを殺して逃げたと断定した。だが僕の

見解を言わせてもらうと、真相はまったく逆だ。過去の罪を暴かれたと思いこんで自暴自

棄になったベドウズが、ハドスンに恨みを晴らし、そのあと有り金を全部持って国外へ逃

亡したんじゃないかな。

 ワトスン、事の次第は以上だ。きみの事件簿に役立ちそうであれば、遠慮なく使ってく

れたまえ」


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11/28 14:33