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マスグレイヴ家の儀式書(1)_シャーロック・ホームズの回想(回忆录)_福尔摩斯探案集_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

マスグレイヴ家の儀式書

 友人シャーロック・ホームズには、私でさえあきれ返るほど始末に負えない一面があ

る。誰よりも緻ち密みつで理路整然とした思考回路を持ち、服の趣味も控えめで上品だと

いうのに、生活習慣は乱れ放題の散らかし放題、これほど同居人を悩ませる男も珍しいだ

ろう。もっとも、私の生活習慣だってあまりほめられたものではない。生まれつきボヘミ

アン気質のうえ、アフガニスタン駐留中は軍医として荒技をふるわざるをえなかったた

め、医者らしからぬ放縦さが染みついてしまっている。だが、さすがの私も限度は知って

いる。葉巻を石炭バケツの中にしまい、煙草をペルシャ・スリッパの爪つま先さきに詰

め、未返信の手紙をマントルピースの棚の真ん中にジャックナイフで突き刺しておく男に

くらべれば、私のだらしなさなどかわいいものだ。それだけではない。本来なら戸外でお

こなうべきピストルの射撃練習を、彼は平然と室内でやる。悪乗りしたときなどは、触発

引き金のピストルとボクサー弾百発を用意して肘ひじ掛かけ椅子に座り、〝V・R〟という

愛国心あふれる文字の弾だん痕こんを壁にうがったりもする。おかげで部屋の雰囲気も外

観もめちゃくちゃだ。

 私たちの下宿にはつねに薬品と犯罪事件の記念品があふれていた。しかもそれらは信じ

られないような場所へ紛れこみ、バター皿や、もっと好ましくない物の中からひょっこり

現われた。しかし最大の悩みの種は、ホームズが取っておく書類だった。とりわけ過去の

事件に関係する資料は決して捨てようとしない。それなのに分類や整理に取りかかろうと

いう気になるのは、せいぜい一、二年に一度きりである。なぜかというと、このつたない

回想録のどこかですでに触れたが、ホームズは事件解決に情熱を爆発させると、その反動

からか、しばらくは燃え尽きたかのように無気力に陥ってしまうからだ。華々しい活躍に

よって功名を得たあとは、ヴァイオリンを弾くか本を読むかしてぶらぶらと過ごし、ソ

ファとテーブルのあいだを往復する以外はめったに動こうとしない。よって、彼の書類は

月を追うごとにたまる一方なのだが、片付けられるのは本人だけだし、私が勝手に焼却処

分するわけにもいかないので、とうとう積みあがった書類の束に部屋の四隅を占領されて

しまった。

 ある冬の晩、ともに暖炉のそばで腰を下ろしていたとき、思いきってホームズに提案し

てみた。備忘録に新聞の切り抜きを貼りつける作業はもう済んだようだから、このあと二

時間ほどかけて部屋を整せい頓とんすれば、もっと居心地がよくなるんじゃないか、と。

しごくもっともな意見なので、彼はなにも言い返せず、やや困惑げな顔で寝室に引っこん

だが、すぐに大きなブリキ箱と一緒に戻ってきた。その箱を部屋の中央まで引きずってか

ら、正面にスツールを置いて座り、かがみこんで蓋ふたを開けた。中をのぞいてみると、

赤い紐ひもで縛った書類の束が三分の一くらいまで入っている。

「ワトスン、ここには事件がぎっしり詰まっているんだ」ホームズは茶目っ気を含んだ目

をこちらに向けた。「どんな事件か知っていたら、部屋の片付けなんかほっといて、この

箱から書類を出してくれとせがむだろうよ」

「じゃあ、それは初期の仕事の記録なんだね? 前々から事件簿に入れたいと思っていた

んだよ」

「そのとおり。ここにあるのは全部、僕の伝記作者であるきみが名声を高めてくれる以前

の、まだ半人前だった頃に手がけた事件だ」ホームズは愛いとおしむように、書類の束を

ひとつずつ順番に手に取った。「成功した事件ばかりではないが、けっこう珍しいものが

混じってるよ。ああ、これはタールトン殺人事件だ。それからワイン商ヴァンベリ事件

に、ロシアの老婦人の事件、それからアルミニウム製松まつ葉ば杖づえの怪事件。こっち

は内反足のリコレッティとその憎むべき細君の事件だな。それから──おやっ! とってお

きの珍品が出てきたぞ」

 ホームズは箱の底に手を突っこんで、小さな木箱を取りだした。子供のおもちゃ箱のよ

うなスライド式の蓋がついている。中から現われたのは、くしゃくしゃに丸めた紙切れ、

古めかしい真しん鍮ちゆうの鍵かぎ、糸玉を巻きつけた木釘くぎ、そして錆さびついた円

盤状の金属三枚だった。

「ワトスン、ご感想は?」ホームズは私の顔つきを見てにんまり笑った。

「ずいぶん風変わりなコレクションだな」

「ああ、いかにも。だが、これにまつわる事情はさらに風変わりでね。聞けばまちがいな

く度肝を抜かれるよ」

「つまり、いわくつきの品々ということか」

「いわくつきじゃなくて、いわくそのものなんだ。まさに歴史だよ」

「どういう意味だい?」

 ホームズはそれらをひとつずつ手に取って、テーブルの端に並べていった。そのあと居

ずまいを正し、さも満足げに眺めた。

「これはね、マスグレイヴ家の儀式書をめぐる事件の記念品として残しておいたんだ」

 彼がその事件の名を口にするのは初めてではなかったが、詳しく聞かせてもらったこと

はまだなかった。

「よかったら、事件のことを話してくれないか?」

「こんなふうに散らかしたままで?」ホームズはからかい口調で言った。「なんだ、きみ

のきれい好きもたいしたことないなあ、ワトスン。だが、この事件をきみの記録につけ加

えてもらえるなら本望だよ。我が国の犯罪史上、いや、世界中の犯罪史上においてもほか

に類を見ない、唯一無二の特徴を持つ事件だからね。僕のこれまでのささやかな功績をま

とめるうえで、この特異な事件は絶対に欠かせないよ。

 帆船グロリア・スコット号の事件は覚えているね? 僕はあの悲運の最期を遂げた老人

との会話に発奮して、一生の仕事と決めた探偵の道へ進むことになった。今では世間に名

が広まり、難解な事件が起きれば、巷ちまたの人々も警察も僕を頼みにしてくれる。きみ

が《緋ひ色いろの研究》として記録にまとめた事件で、僕らが初めて知り合ったときも、

収入こそあまり多くなかったが、仕事の依頼は引きも切らず舞いこんでいた。しかし、そ

こへ行き着くまでの苦労は並大抵ではなかったんだ。まさかと思うだろうが、この稼業が

軌道に乗るまでは気が遠くなるほど長い辛抱をさせられたよ。

 ロンドンに出てきて間もない頃は、モンタギュー街に下宿していた。当時は暇をもてあ

ましていたから、すぐ近くにある大英博物館で、いずれ仕事の役に立ちそうなありとあら

ゆる学問に打ちこみ、チャンスの到来をひたすら待っていた。ときたま依頼される事件

は、ほとんどが学生時代の友人による紹介だった。大学生活の終わり頃には、僕の探偵術

のことがけっこう学内の話題になっていたからね。そうやって持ちこまれた事件のうちの

三番目が、マスグレイヴ家の儀式書にまつわる騒動なんだ。奇異な出来事が連続して起

き、重大事件に発展したため、世間の注目を大いに呼び集めた。それがきっかけで、僕は

今の地位につながる大きな第一歩を踏みだしたんだ。


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11/28 14:39