ブラントンはなにやら貴重なものが隠されていることを知った。そのありかも特定でき
た。ところが、穴蔵の蓋になっている板石が恐ろしく重いため、とても一人では動かせな
い。さあ、どうする? たとえ信頼できる相手であっても、屋敷の外の人間に協力を頼む
のは不可能だ。玄関のかんぬきをはずさなければならないので、誰かに怪しまれる危険が
きわめて大きい。屋敷内の者に手伝わせるしかないだろう。では、誰に?
ここでブラントンにぞっこんだった娘の出番だ。男というのは愚かなもので、自分に惚
ほれた女はたとえこっぴどい目に遭わせても言いなりにできるとうぬぼれている。ブラン
トンはメイドのレイチェルをなだめすかして、仲間に引き入れた。そして夜中に地下室へ
下り、二人で板石を持ちあげようとした。ここまでは彼らの行動が手に取るようにわかっ
たよ。
しかし、あの重い板石は男女一人ずつではとうてい歯が立たなかったはずだ。屈強なサ
セックスの警官と僕が二人がかりでも、そうとう苦労したんだからね。じゃあ、ブラント
ンとレイチェルはどうしただろう? 僕がその立場だったらどんな手を打つだろう?
樽から立ちあがって、床に散らばっている薪を丹念に調べてみた。すぐに期待していた
物に行き当たった。まず長さ三フィートくらいの、一方の先端にへこみのついた薪が一本
見つかり、そのそばに、かなり重い物で押しつぶされたらしいひしゃげた薪が数本落ちて
いたんだ。彼らはきっとこうしたんだろう。板石をかろうじて持ちあげ、隙間に薪を次々
に嚙かませていく。人が通り抜けられるくらいの横幅になったら、一本でつっかい棒をし
て隙間を縦に広げる。だから薪がひしゃげたり、端だけへこんだりしていたのだ。ここま
での推測はたぶん当たっていると思う。
さて、問題はそれに続く真夜中の悲劇をどう再現するかだ。穴蔵は一人が入るのがやっ
との大きさだから、当然ブラントンが入った。レイチェルは上で待っていたにちがいな
い。ブラントンは木箱の鍵をあけ、中身を上にいるレイチェルに渡した。穴蔵になにも
残っていないわけだから、それ以外に考えられない。ではそのあと──そのあと、いったい
なにが起こったか?
おそらくレイチェルは僕らが想像する以上のむごい仕打ちをブラントンに受けたんだろ
う。自分を捨てた男の運命を握っていると悟った瞬間、彼女の熱いケルト魂の中でずっと
くすぶり続けていた復ふく讐しゆう心がぱっと燃えあがった。つっかい棒の薪がはずれ、
板石が穴をふさぎ、ブラントンは生きながら埋葬される。それは果たして偶然のしわざ
だったのだろうか? レイチェルの犯した罪は、ブラントンの悲運を黙っていたことだけ
だろうか? それとも、彼女の手が薪をなぎ倒し、重い石の蓋を落としたのだろうか?
どちらにしても、レイチェルはすぐさま宝物をつかみ、石のらせん階段を飛ぶように駆
けあがったことだろう。不実な恋人のくぐもった絶叫と、窒息しかけた男が石の蓋を死に
物狂いで叩く音に追いかけられながら。
そう考えれば、翌朝レイチェルが真っ青な顔で神経を高ぶらせ、甲高い声で笑っていた
のも不思議はない。ところで、木箱の中身はなんだったのか? 彼女はそれをどこへやっ
たのか? 答えはもちろん、マスグレイヴが池から引きあげた古い金属やら小石やらだ。
レイチェルは自分の罪を隠すため、隙を見て池に投げ捨てたんだろう。
僕は二十分ほど、身じろぎもせず事件について考えこんでいた。マスグレイヴも青ざめ
た顔で立ちすくんだまま、ランプを揺らして穴蔵の中をのぞいていた。
『このコインにはチャールズ一世の肖像がついている』マスグレイヴは箱の底に残ってい
た数枚を差しだして言った。『儀式書が書かれた年代は推定どおりだったね』
『チャールズ一世がらみの物はほかにもある!』僕の頭の中で、儀式書の最初のふたつの
質問の意味が突如ひらめいた。『池から見つかった袋の中身を見せてくれないか?』
僕らは地下室を出てマスグレイヴの書斎へ行った。目の前に例の金属や小石を広げても
らったが、彼ががらくたと呼ぶのも無理はないと思ったよ。金属のほうは黒ずんでいる
し、小石も色がくすんで輝きは全然ない。ところが、小石の一個を袖そででこすってみた
ところ、てのひらの暗がりで火花のような光を放ちだしたんだ。金属のかたまりは二重の
輪っかになっていたが、曲がったりねじれたりして原形をとどめていなかった。
『マスグレイヴ、きみもよく知っているように、王党派はチャールズ一世亡きあともイン
グランドに踏みとどまって戦い続けたが、いよいよ亡命するというときに、財宝の多くを
どこかに隠していったと伝えられている。泰平な世の中になったら取り戻すつもりでね』
『ご先祖様のサー・ラルフ・マスグレイヴは王党派の傑出した人物で、亡命中のチャール
ズ二世の右腕だったそうだ』
『ああ、なるほど! これで鎖が完全につながったよ。おめでとう、マスグレイヴ。痛ま
しい出来事をともなったが、きみは非常に高価な遺品を手に入れたんだ。歴史的な価値を
考えれば、その重要性は計り知れないよ』
『じゃあ、これはいったい?』マスグレイヴは驚いて息をのんだ。
『昔のイングランド王の王冠さ』
『王冠だって!』
『そうとも。儀式の問答を思い出してごらん。〝それは誰のものであったか? 去りし人
のものなり〟チャールズ一世の処刑後だったからね。〝それを得るべき者は誰か?〟〝や
がて来る人なり〟これはチャールズ二世のことで、王位復帰が予見されていたんだ。今で
はぼろぼろで見る影もないが、かつてはスチュアート王家代々の王冠だったことはまちが
いない』
『それがなぜ池の中から出てきたんだい?』
『その質問に答えるには少々時間がかかる』僕はそう前置きしてから、さっき頭の中で仮
定と証明を積み重ねて築いた推理をかいつまんで説明した。話が終わる頃には、すでに夕
暮れが過ぎて空に明るい月が浮かんでいた。
『それにしても、チャールズ二世が帰国したあと王冠を受け取らなかったのは、どうして
なんだろう?』マスグレイヴはリンネルの袋に遺品をしまいながら言った。
『まあ、その点については永遠にわからずじまいだろうね。事情を知っていたサー・ラル
フがすでに他界していて、なにかの手違いで儀式書に秘められた意味の説明が伝わらな
かったのかもしれない。謎は謎のまま現在まで連綿と子孫へ引き継がれ、とうとうある男
によって発見されたが、彼は宝を手に入れようとして命を失ってしまった』
ワトスン、マスグレイヴ家の儀式書にまつわる物語はこれで終わりだ。王冠は現在も
ハールストンの館にある。それまでには法律上のややこしい問題がいろいろと生じ、かな
りの大金を支払ってようやく所有権が認められたんだがね。僕の名前を出せば、先方は喜
んで見せてくれるはずだ。ところで、メイドのレイチェルはあれから消息を絶ったままだ
が、おそらくイギリスを離れ、罪の記憶とともに海の向こうへ渡ったんだろう」