まあ、この部分については、くだくだしく説明するまでもないだろう。ジェイムズ・
バークリーがどういう男かはもうわかったはずだ。幸いにもバーティーの砦は翌日、ニー
ル将軍によって救われたが、おれは退却する反乱軍に連れ去られた。再び白人の顔を見る
までにずいぶん長い年月がかかったよ。拷問され、逃げようとしてはつかまり、また拷
問。それでこんな身体になっちまったわけだ。その後、敵の一部はネパールへ逃げ、おれ
はそいつらに連れていかれた。さらにダージリンを通って北上したが、そこで反乱軍の残
党は山岳地の住民に殺された。おれは今度はしばらくのあいだそいつらの捕虜になった。
やがて脱走に成功して、南へは戻れないので北へ行き、気がつくとアフガニスタンの国境
を越えていた。そこを何年も放浪したあと、ようやくパンジャブへ戻り、現地人に混じっ
て暮らした。習いおぼえた手品で生計を立てながらね。しかたないさ。ねじれ曲がったみ
じめな姿で母国へ戻ったって、なんの得にもならんからな。こんな恰かつ好こうじゃ、昔
の戦友になど会いにいけっこない。復ふく讐しゆうしたいのはやまやまだったが、どうし
ても帰国する気にはならなかった。ナンシーや戦友たちに、ヘンリー・ウッドがこんなチ
ンパンジーみたいな姿で杖つえにすがって這はいまわってると知られるくらいなら、さっ
そうとした姿のまま死んでいったと思われてるほうがよっぽどましだ。誰もがおれは死ん
だと信じてるはずだから、そのままにしておきたい。風の便りに、バークリーはナンシー
と結婚して、栄達を重ねていると聞いたが、それでも生きてることを知らせるつもりはな
かった。
ところが人は年を取ると、どうしても望郷の念がつのる。何年も前から、母国の緑した
たる野原や生垣が恋しくてならなかった。死ぬ前にもう一度、一目でいいから故郷を見た
いと思った。そこでせっせと旅費を貯め、兵隊がいるこの地へやって来たんだ。兵隊の暮
らしはよく知ってるし、楽しませる術すべも心得てるから、なんとか食っていけるだろう
と思ってね」
「実に感動的な身の上話でした」ホームズは言った。「あなたがバークリー夫人と鉢合わ
せしたことはもう耳に入っています。互いに誰だか気づいたことも。あのあと、彼女を家
までつけていき、窓越しに夫妻が口論しているのを目撃した。そうですね? あなたをだ
まし討ちに遭わせたことで、夫人は大佐を責め立てたにちがいない。それを見てあなたは
激情に駆られ、芝生を走り抜けて部屋へ飛びこんだ」
「そのとおりだ。おれに気づいたときのバークリーの顔は、これまで見たこともないよう
な形相だったよ。やつは仰向けに倒れて、頭を炉格子の角にぶつけた。だがぶつける前に
もう死んでたと思うね。火にかざした聖書の文字みたいに、くっきりと死相が表われてた
よ。おれを見た瞬間、自責の念が銃弾となって、やつの心臓を撃ち抜いたんだろう」
「それから?」
「ナンシーが気絶したんで、おれはドアを開けて助けを呼ぼうと、彼女の手から部屋の鍵
かぎを取った。だが途中で気が変わり、このまま逃げたほうがいいと思った。状況からし
て、おれが疑われるに決まってるからな。つかまれば、秘密が白日の下にさらされる。お
れは慌てたせいでとっさに鍵をポケットに突っこみ、カーテンを駆けあがったテディを追
いかけてるうちに、持ってた杖をうっかり取り落とした。やっとつかまえてテディを箱に
戻すと、その場から走って逃げた」
「テディというのは?」ホームズが訊きいた。
男は身を乗りだして、部屋の隅にあった飼育箱のような器の前蓋ぶたを引き開けた。す
ぐに赤茶色の美しい生き物がするりと出てきた。身体は細くしなやかで、脚はオコジョに
似ていて、鼻面が細く突きでている。赤い目はこれまでに見たどんな動物よりもつぶら
だった。
「マングースだ!」私は叫んだ。
「まあ、そうだな。イクニューモンとも呼ばれてるがね」男は言った。「おれは〝蛇捕り
屋〟と呼んでる。コブラをあっという間に仕留めるんだ。毒を抜いたコブラも一匹飼ってる
んで、テディをそいつと闘わせて、毎晩兵隊を楽しませてるってわけだ。ほかに質問
は?」
「そうですね、バークリー夫人の立場が危ういことになったら、あなたにお出まし願うか
もしれません」
「ああ、かまわんさ。どこへでも出ていく」
「しかしそれまでは、死者の昔の悪事をわざわざ暴き立てることはないでしょう。たしか
に大佐のやったことは卑劣きわまりない行為ですが、この三十年間、彼なりに良心の呵か
責しやくに苦しんできたのですから。おや、道の向こうを歩いているのはマーフィー少佐
だ。ウッドさん、これで失礼します。昨日から状況がどう変わったか少佐に確認しなけれ
ばなりませんので」
私たちはマーフィー少佐が角を曲がる前に追いついた。
「おお、ホームズさん」少佐が言った。「いやはや、大山鳴動してネズミ一匹でしたね。
もうお聞き及びでしょう?」
「なにをです?」
「ついさっき、検死審問が終わりましてね。医師の診断によって、死因は卒中とわかった
んですよ。結局は単純明快な事件だったわけです」
「そうですか、とんだ見かけ倒しですね」ホームズはほほえんだ。「行こう、ワトスン。
もうオルダーショットでの用事は終わったよ」
「ひとつわからないことがあるんだが」私は駅へ向かう道すがら、ホームズに尋ねた。
「大佐の名前はジェイムズ、さっきの男はヘンリー。じゃあデイヴィッドとはいったい誰
なんだ?」
「それだよ、ワトスン。もし僕がきみの事件簿に描かれてるような理想的な探偵なら、そ
の一語を聞いたときに、事件の真相を見抜けなくてはいけなかったんだ。あれは明らかに
非難の言葉だよ」
「非難?」
「そう。デイヴィッドは聖書のダビデ王のことだ。知ってのとおり、ダビデ王はときどき
道を踏みはずし、ジェイムズ・バークリー軍曹と同じことをやっただろう? ほら、ウリ